節分で食べるべきものは手作りで

「やっぱり高いわ」伊豆萌は、海苔巻きの販売コーナーを見て、腕を組みながらため息をだす。
「ごめん、萌ちゃん待った」萌に遅れて売場に来たのは蒲生久美子。同じ職場の先輩後輩でもあるふたりはパートナーだ。そしてLGBTのLである。「あ、久美子さん! いえ別に待ってません」
「萌ちゃんどうしたの。浮かない顔して」ため息をつく萌に、心配そうな久美子。
「これ見てください。海苔巻きが高いんです。みんな節分で恵方巻をするからだと思いますけど」
 久美子が見ると確かにそうだ。見た目からして豪華な太巻きが並んでいる。海鮮巻き、大名巻きと銘打っているが、料金が明らかに高い。普段なら海苔巻きをはるかに凌駕している、高価なパックの握りずしのほうが安く見えるのだ。

「久美子さん、いっそのこと。私たちの節分を1日ずらしません」「な、なにそれ?」ありえない発想に久美子は思わず声が裏がえった。「萌ちゃん、それはダメ。節分なんてずらせないわ。次の日は立春よ」
「だって考えてみてください。普通節分といえば2月3日ですよね、何で今年は2月2日なんですか? だったら知らないことにしません。1日ずらしたら、この海苔巻きも売れ残ったものが半額とかになりそうだし」萌はなぜか、仕事のときのように必死に久美子に訴える。

「そんなこと言っても、もう節分が2月2日って知っているのよ。それに萌ちゃん。節分は今年だけでなくても、たまに2月2日になったり、逆に2月4日になったりすることだってあるんだから」
「でも、私まだ給与がそんなに」それを聞いた久美子は、あきれた表情で苦笑する。「もう何言ってんの。萌ちゃんはそんなの心配しない」「だって、いつも久美子さんに... ...」「わかった。それだったら海苔巻き手作りしない」「え? て、手作りで!」

「そう、握り寿司とかだったら難しけど、海苔巻きなら簡単よ。わたし巻きす持ってるし」
「あ、それ賛成です! 好きな具を入れてオリジナルの海苔巻きですね」ようやく明るさを取り戻した萌。久美子は嬉しそうに頷いた。

 こうしてふたりは海苔巻きの販売コーナーから離れ、手作りで海苔巻きができる材料を探し出す。板状の海苔をはじめ、きゅうり、たくあん、桜でんぶ、カニカマなどリーズナブルな具材ばかりを集める。
「久美子さん、私唯一卵焼きだけ得意です!」と萌はにこやかな表情で、卵のパックをかごに入れた。

「海苔巻きの材料はこれくらいね。あと、これ。柊鰯(ひいらぎいわし)みたいに魔除けにはならないと思うけど」と、久美子は鰯の缶詰を手に取る。
「私も」と萌が持ってきたのは、福豆と鬼の面が付いた豆まきセットだ。

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 ふたりは久美子のマンションに戻ってくる。最近萌は、週末になると久美子のマンションで泊まるようになっていた。この日は週末ではないが、節分だからとこのまま泊る予定。
「じゃあ私、さっそく玉子焼きます!」子供のころから大の卵好きという萌は、目玉焼きも茹で卵も玉子焼きも得意だ。
 片手でリズムを取るように卵を割ってボウルに入れる。そのままかき混ぜて黄色い液体にすると、あらかじめ熱して油を注いである、専用のフライパンにその液体を入れていく。そして手際よく液体を伸ばし、固まったところできれいに折り曲げていった。
 久美子は、その横ですし飯を作りだす。と言ってもこれはテクニックを使わず、ただすし飯の素を使った簡単なものではあるが。
「やっぱり萌ちゃんは卵料理ね!」久美子の言葉に、萌は顔を赤らめながら口元が緩んだ。

 次に出来上がった玉子焼きを、海苔巻きに入るサイズに切ると、久美子が用意した巻きすの上に、黒光りした板状の海苔を置く。そして白いご飯を乗せると、そこから湧きたつ白い湯気が一面に湧き上がり、部屋を数秒間曇らせる。その後は、卵をはじめとする具材を縦方向に並べていく。
 皮の部分に赤身がかったカニカマ、二種類のグリーンが見た目に良いキュウリ。そしてピンクがかわいい桜でんぶと続いた。さらに卵とはちょっと色合いの違う透明感ある黄色のたくあんが、順番に白いご飯の上に彩られる。最後に萌の作った、まだぬくもりのある卵が乗った。色合いは最高だ。

「さて、やるわよ」今度は久美子の気合が入るゆっくりと巻きすをまき始める。途中余計な空気が入って海苔巻きが崩れないように締め付けるように巻きつけていく。そして巻きすに撒かれた海苔とご飯と具材たちは、巻き終えた巻きすがはがれたとき、見事な海苔巻きに変身しているのだ。

「久美子さん、これでいいですか」「十分よ」
 萌はその横で白い皿一面ににサニーレタスを敷き詰める。その上に鰯の缶詰を盛りつけた。味はともかく、見た目だけでは鰯料理に見える。

「それでは」「いただきまーす」ふたりは手を合わせると、手作りの海苔巻きと鰯を食べていく。本来的には丸カブリをするものであるが、ふたりはそう言うのは『下品』と嫌がり、結局通常の海苔巻き同様に輪切りにして箸で食べた。

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「じゃあ豆まきしようか」食事を終えた久美子。「はーい、でも部屋汚れるかなあ」と萌は自ら選んだ豆まきセットのパッケージを開けていく。

「萌ちゃん汚れることは気にしない。遠慮しちゃだめよ」「わかりました。あ、でも鬼はどっちがします」久美子は紙でできた赤鬼の面を手に取る。

「え、鬼? どうしよう。萌ちゃん遠慮なくやってみて」しかし萌は首を何度も横に振る。「久美子さんに豆をぶつけるなんて、私絶対に出来ません」
「そんなこと言ったら、私だって萌ちゃんにそんなこと」困った表情の久美子。

 ふたりはしばらく沈黙した。しばらくして久美子が口を開く。「じゃあ鬼がいないことにしようか」「うん、それがいいです」萌も笑顔になる。

 こうしてふたりは延々と「福は内」だけを唱えて、部屋に豆をまくのだった。


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シリーズ 日々掌編短編小説 378

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