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村上から糸魚川

「来月から係長かぁ」ここは新潟県の村上市。日本海の北から西へとカーブを描くように存在する新潟県の中でも北寄りにある。少し先に進めば東北の山形県。
 ここで新潟県内に多数の営業を所を持つ会社の村上営業所で働いていた糸村は、辞令が渡され1か月後に糸魚川営業所への転勤が命じられた。5年もいた村上を離れるのは嬉しくないが、この辞令で主任から係長への栄転ということもあり、決して悲観的ではない。

「さて、せっかくだからこの土日に、どんな待ちかチェックするために糸魚川に行ってみよう」糸村は前日の金曜日に仕事が終わりそのまま家に戻ると、すぐに旅支度を整えた。

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 土曜日の早朝に起きた糸村は、最初に村上駅に向かった。瀬波温泉の最寄り駅。広々とした駅前には温泉地にある源泉やぐらを模した木の櫓が立っている。ここにしばらく住んでいる糸村にはありふれた風景。ただ転勤で間もなく見られなくなるのは残念だ。 

 糸村はあらかじめ時刻表で予定を立てていたので、行程はスムーズ。朝7時の普通列車に乗り、最初に県庁所在地のある新潟を目指した。羽越本線を走る列車は残念ながらやや内陸を走るので日本海の様子は見られない。
 また朝の時間帯ということもあって土曜日なのにもかかわらず、通勤や通学の姿も見られた。そんな人たちを横目で見ながら、「乗り鉄」としてのこの2日間を楽しむように車窓を眺める糸村。途中新発田駅から、白新線に列車は乗り込んでいく。村上からは1時間ほどで大きな町、新潟駅に到着。ここで糸村はバスに乗って向かったのは水族館「マリンピア日本海」であった。

新潟水族館

「タイムリミットが2時間半か」オープン時間の9時と同時に中に入った糸村は時計を眺める。次に新潟を出る列車は12時過ぎであった。だから11時30分には出なければならない。
「ここ想像以上に広いな。急ごう」糸村は早足で、海の生き物たちを眺めていく。ここにはドルフィンスタジアムやマリンサファリなどゆったりと楽しめる場所もあったが、時間が限られている糸村は無視。
 その代わりカクレクマノミがゆったりと泳いでいるサンゴ礁の海や、ペンギン海岸、あるいは地下にある日本海や信濃川に生息している生き物たちを眺める。早足であるが、糸村は目を思いっきり見開き、眼力を水槽で泳いでいる生き物たちに送り付けるかのように見つめていった。だから生き物たちの泳ぐ姿が、目を通じて脳裏に焼き付けられる。

「お、時間だ」時計は11時25分を指していた。糸村はそのまま新潟駅に戻る。駅に戻ったのが間もなく正午になろうというところ。「走れば間に合う」改札を抜けて思わず駆け出す糸村。荒い息を出しながら正午過ぎに出発する列車に間に合った。

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 普通列車の車内はギリギリで乗り込んだためか、人も多く最初は座れなかった。だが駅に着くたびに少しずつ人が降りていく。新潟から数駅先の新津では多くの人が降りたので、ここでようやく糸村は座れた。

 列車は新津から信越本線に入る。三条駅を過ぎてさらに南方向。やがて遠くから上越新幹線の高架橋が見えてきた。「もうすぐかな」糸村が時計を確認すると、その通りで長岡駅に到着。
 時刻は13時20分を指している。「さてお昼はっと」次の列車まで1時間余り。もたもたしているとあっという間に過ぎる時間ということもあって、糸村は駅構内で昼食を取ることにした。新幹線駅でもある長岡駅には駅ビルになっていて、ショッピングモールがある。そしてその中にある和食店に入った糸村は、わっぱ飯を食べることにした。

「やっぱりこれだよな。新潟の郷土料理」注文したものは鮭とイクラの両方が乗った親子のわっぱ飯。白いご飯の真ん中にはスライスしている鮭が数枚、その横には朱色の小さな玉で構成されているイクラがちりばめられている。境界線に当たる中心には緑の薬味。そしてご飯のほかこの親子を取り囲むかのように錦糸卵が波立つように周りを覆っている。これに茶わん蒸しやみそ汁などが付いた豪華な定食。糸村は思わず舌の周辺から唾液が湧き出てくるのを感じ取る。

 さっそく、わっぱ飯を口に運んだ。山で働く人や農家の人の弁当として誕生した木の枠に入ったわっぱ。ご飯はあっさりとした出汁で炊いているためにそれだけでも十分味わえる。
 しかしその中にご飯との親和性が最高レベルの鮭のしょっぱさを感じる旨味と、下の中で転げるイクラ。力強く薄皮をぶち破れば、これもまた強めのしょっぱさとうまさが入り混じった朱の液が口の中を覆った。まさしく至福のひととき。ひとりで食べながら思わず笑顔になって仕方がない。

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 糸村は無事に昼食を終えると、次の列車のホームに向かう。次は14時30分過ぎの列車で直江津行きだ。先ほどと違い、余裕を持ってホームに到着したので、いきなり座ることができた。
 信越本線は新幹線と離れると西方向に向かう。やがて柏崎駅を越えると日本海側に出た。「やっぱり海の眺めはいいなあ。糸村はあらかじめ海が見える方向を計算していてそこで座っていたので、窓から見える日本海の風景を存分に楽しんだ。
 ただ雲がお空を覆い始めたために海の色は灰色がかっていた。日本海らしいといえばそれまで。水平線のかなたにある佐渡島や異国の存在を意識していると直江津駅に到着した。

 時刻は16時を過ぎていたが、ここから最終目的地である糸魚川まではそれほど遠くない。
「18時の列車に乗ろうと思えばっと」糸村は時計を確認しながら、直江津駅を降りると周辺を散歩することにした。とはいえ1時間30分程度しか時間がない。行けるところは限られているので、糸村はやはり海方向に行くことにした。
 直江津の駅から東方向に少し歩くと川が見える。「これが関川だからそのまま下れば海に抜けられる」糸村は川沿いに北上していく。海の河口近くにあるため、意外に川幅が広い関川。やがて川の対岸には白いタンクのような建造物が見えてきた。あとで調べれば化学工場である。やがて道が大きく左方向に向かっていた。そのまま道なりに行くと日本海に出られる。船見公園と呼ばれる公園の先には、海岸が広がり近くまで下りることができた。

「こりゃ激しい波だなあ」日本海を眺めながら、誰もいないことをいいことに糸村は大きな声で感想を言う。空はすでに夜になろうとしているので薄暗い。しかし定期的に音を出しながら白い波を激しく海岸にぶつかってくる波の音。糸村は波からの塩交じりの風を感じながら、この日のショートトリップ初日の終わりが近いことを悟った。

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 直江津から糸魚川までは40分程度。だがこれまでJRであったがここは違った。直江津駅から南に数駅先にある、北陸新幹線の上越妙高駅があるためにJRではない。「えちごトキめき鉄道」の日本海ひすいラインという名前になっていた。
 すでに外は暗くなっていた。風景は楽しめないが、一応別会社ということでJRとは似て非なる鉄道での最後の移動を楽しむ糸村。
 さすがに一日かけての移動で疲れたのか、無意識に睡魔が襲い始めた。首が列車の揺れに合わせるかのように前後に動くため、目が覚めたり眠ったりを繰り返す。そのため記憶が途切れ途切れになっている。途中からは北陸新幹線と並行し、やがて糸魚川の駅に滑り込んだ。

「ふう、一日お疲れさん。しかし新潟県は本当に長いなあ」わかっていながら終着駅に到着したことで気持ちが一気に高揚した糸村。
 そのまま駅前のホテルにチェックインし、近くの店で夕食を味わうのだった。



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シリーズ 日々掌編短編小説 353

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