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桃の郷の文化財 第881話・6.23

「さて、3ヶ月ぶりの故郷だな」市雄は、岡山駅に到着した。彼は岡山特産の桃を使った加工品桃ジュースや、それを活用して作ったアイスクリームを全国各地で出張販売をしている。お店の軒下を利用して屋台のような小さな販売所を用意。一週間くらいの頻度で各店舗を回った。だいたい3ヶ月くらいの周期で販売を終えると、岡山の自宅に戻るのだ。

 自宅は親の実家で、両親と兄夫婦が桃の栽培をしている。市雄は独身であったが、実家の手伝いということで、栽培されている桃のうち、傷などで商品として出せないような不良品を引き受けて加工品にした。
 こうして濃厚な桃のジュースを作っておき、それをもとにジュースのほか、シャーベットにして販売。岡山自宅での滞在はたいてい10日ほど。それからまた旅に出る。

「そうか、今日は朝一番の新幹線だったからな。ちょっと寄り道していくか」時刻は午前9時過ぎ。市雄は、岡山駅から実家と畑がある、市の北側・栢谷(かいだに)方面に向かうバスに乗らず、別のところに行ってみることにした。
「かといって、急に決めたし、どうしよっかな」市雄はどこに行くか迷っていたが、すぐに「定番だけどもう20年くらい行ってないしな」と、あるところに行くことにした。

 岡山駅から電車に乗ること4駅。到着したのは倉敷である。「おお、懐かしいなあ。まあこういう事でもない限り、行かないわな倉敷なんて」それが列車から駅のホームに降り立って開口一番につぶやいた言葉。とはいえ、20年ぶりという倉敷は過去の思い出と今の様子がどう違うのか気になっていた。
 駅のコインロッカーに荷物を入れると、そのまま散策開始。駅から向かうのはもちろん美観地区である。「そうそう、実は駅前とかじゃないんだよな」
 市雄は、片道二車線の倉敷中央通りの歩道をまっすぐに歩く。いくつかの交差点を過ぎて道なりに歩くと、「美観地区入口」という交差点がある。ここまでくれば誰が見てもわかるような古い城壁の建物が左側に軒を並べている。当然市雄は左に曲がり美観地区に入った。

 まだ午前中なのに、すでに開いているみせがあり。観光客の姿が目立つ。同じ岡山県民ながら長く地方を回る生活をしている市雄もそんな観光客のひとりかもしれない。そんなことを思いながらさらに歩いていけば、観光ガイドブックの写真に登場するような倉敷川が見えてきた。「これだ、これ知っている。倉敷川の源流は川の底にある」
 濠のように見える倉敷川が、ここで突然現れる。だがその場所、水面をよく見ると水が盛り上がっているように見えた。それが源流のようなもので、これは地下に倉敷用水というのが入っているそうだ。この用水は高梁川から流れ込んでいるらしく、途中倉敷駅の北側にある公園を経由し、公園内の池も地下の用水からながれているのだという。

「これたしかさ。前回来た時に聞いたんだよな」市雄はしばらくそのあたりを眺めた後、ゆっくりと倉敷川沿いを歩く。柳の並木道を歩くと風情を感じるが、それにしては観光客の存在が少しうっとうしいか。
「でもいい加減飽きたな」市雄は特に飽きやすい性格というわけでもないが、ひとりで倉敷川を目的もなく前のめりの猫背姿。ダラダラ歩いているうちに飽きてきた。そもそも急に決めた美観地区の散歩である。せっかく来たからもう少し楽しみたいところだが、さてどこに行こうか迷ってしまった。
「お、あそこに観光案内所がある」それは倉敷館と書かれた木造の洋風建築物である。中に入り何かパンフレットがないか探してみた。「ほう、国登録有形文化財か」
 市雄は文化財が紹介されているマップを手にした。「さすがは美観地区。いくつかは、近くにあるな。よし、この登録文化財とやらを回ってみよう」

 目的ができた市雄は、背筋を伸ばし急に歩きがシャキーンとした。てきぱきと地図を見ながら文化財巡り。当初は国の登録有形文化財だけを回るつもりが、いつのまにか、市雄の中ではあまり区別がつかない国や県、市の指定文化財も一緒に周っていた。

 こうして美観地区にある文化財を回っていたら、あっという間に午後を過ぎている。市雄は時計を見たそろそろ実家に帰らないといけない時間だ。
「それにしても、登録有形文化財っていうのは、いろいろあったなあ。そうだうちの実家も100年近く前のだから結構古いけど、あれも登録できるっかなあ。帰ったら相談しよう」などと人に聞こえない小声でつぶやきながら、市雄は倉敷駅に向かって歩き出すのだった。
 

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シリーズ 日々掌編短編小説 881/1000

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