くまーゆん

物語の読み方なんて人それぞれ

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最近の記事

シャーロック・ホームズの凱旋-ただの人へ-

 『シャーロック・ホームズの凱旋』を読んでちょっと思ったこと。ネタバレありです。 スランプが招くもの  読み始める前、ホームズがへっぽこ推理を披露しまくってはワトソンを振り回し、冒険しているのか怠けているのかわからないほんわか小説だと思っていた。  しかし、断じてほんわかなだけの大作ではない。物理的な厚み以上の内容の濃さ。  物語に引き込まれるほど、現実とファンタジーの境が曖昧になり混ざり合いわけがわからなくなっていく。我々の世界のホームズ、ヴィクトリア京都のホームズ、そ

    • 『有頂天家族』の弁天が生きる物語

       『有頂天家族』の弁天について思いついたこと。 弁天とは  『有頂天家族』は、狸、天狗、人間を巡る物語である。そして、そのうち人間代表として登場するのが弁天である。  しかし、弁天はただの人間ではない。如意ヶ嶽薬師坊(以下、赤玉先生)に見初められ、手取り足取り天狗教育をほどこされた。その結果、彼女は天狗への階段を勢いよく駆け上り、天狗として孤高の地位にあった師である赤玉先生を踏み台に高く高く舞い上がった。  ❝弁天❞と名乗り始めた頃の弁天は、すでに人間ではなく神に近しい力

      • 小野不由美作品と理不尽との共存

         最近小野不由美作品を一気読みしたので、ちょっと思ったことを。  なぜこれほど小野不由美の描くホラーに惚れ惚れするのだろう。「しっかりと怖い」以上の何か、一言では表現できないものが秘められているように思う。  私が小野不由美のホラーに出会ったのは、小学生の頃。漫画化されたゴーストハントを友達に貸してもらったことから始まる。ゴーストハントの漫画が完結したときにはそれに代わる小説や漫画を探し回ったが、結局ゴーストハントロスを慰めるほどのホラーに出会うことはできなかった。  ち

        • 『有頂天家族』が切り開くもの

           森見登美彦の『有頂天家族』を読み返したのでちょっと思ったことを。ちなみに『二代目の帰朝』の内容はは含まない。 ❝阿呆の血❞が動かす物語  『有頂天家族』を初めて読み終えたとき、とても不思議な感じがした。  この物語を大きく動かすのは、下鴨総一郎という偉大な狸の❝阿呆の血❞のしからしむるところなのである。しかし、この狸はあろうことか、実弟の策略によって狸鍋となり、人間においしくいただかれることとなった。  この話の流れから、残された総一郎の4匹の子らの目的は、自然と恨みを

        シャーロック・ホームズの凱旋-ただの人へ-

          のぼせる我々のための『太陽の塔』

           森見登美彦の『太陽の塔』を最近読み返したので、少し思ったことを。  『太陽の塔』の主人公は、水尾さんという女性にのぼせあがっている。水尾さんに理性では理解できない未知の魅力を感じ、あろうことか「水尾さん研究」まで始めてしまったのだ。  これが付き合っている男女の間で起こっていることならまだしも、彼らの関係はすでに終わっている。にもかかわらず、主人公は水尾さんを追い回し彼女をひたすら研究しまくっているのだ。  彼らの関係を終わらせたのは、主人公が水尾さんにクリスマスプレゼ

          のぼせる我々のための『太陽の塔』

          スラダン映画を観てちょっと思ったこと

           最初にスラダンを読んだのは高校生の頃。  実は母がスラダンが大好きで(推しは花道らしい)、幼い頃からスラダンの背表紙を全巻眺めて育った。それでも高校生に至るまで読まなかったのは、生まれてこの方根性とは無縁に生きてきた私にとってバリバリのスポ根臭を放つスラダンに抵抗感があったからだ。  そんな私がいうのもなんだが、スラダンは単なるスポ根漫画ではない。スラダンの映画を観て感想と言うほどではないけど、ちょっと思ったことを。  宮城は幼い頃父を亡くし、父にかわって家族を支え、宮

          スラダン映画を観てちょっと思ったこと

          「夜行」ー異界という視点ー5

          大橋について  「君は長谷川さんのことが好きだったんだろう」「それはみんなそうでしょう」「……そうだね。もちろんそうだ」  この中井と大橋の会話から、大橋は長谷川に惹かれていることを自覚しながら、彼女への想いを明確に恋心だと定められないでいたことがうかがえる。長谷川失踪以前も、おそらく大橋は長谷川との距離感や関係性、あるいは長谷川という存在そのものを自分の中にどのように定位すればよいかわからなかったのだろう。  大橋は自分の中に長谷川への想いも関係性も定位することができなか

          「夜行」ー異界という視点ー5

          「夜行」ー異界という視点ー4

          第四夜 天竜峡田辺について  大橋が田辺と出会ったとき、彼はすでに学生を卒業していた。その割に定職についている様子はなく、友人と立ち上げた劇団とアルバイトで生計を立てていたようだ。お世辞にも安定した生活とは言い難く、さらに「劇団の内紛やら借金やら両親の不和やら」が重なり、暗澹たる日々を過ごしていた。  しかし、「外見は豪快そうだが繊細なところもある」田辺には、そのような辛い現実を自ら乗り換えられるほどの力はなかったのだろう。暗澹たる日々は田辺の心を蝕み、彼は眠れぬ夜を過ごす

          「夜行」ー異界という視点ー4

          「夜行」ー異界という視点ー3

          藤村について  藤村は記憶だけで賀茂大橋あたりの情景を再現できるほど絵を描くことに長けている。しかし、成人してからは子どもの頃ほど描くことには興味はなく、「今は見るだけ」なのである。  芸術とは何だろうか。第四夜で岸田は「もしも芸術家というものが隠された真実の世界を描く役目を果たしているなら、こんなに筋の通った話はない。けれども僕はそんな理性的で美しい説明を信じない。ー中略ー世界とはとらえようもなく無限に広がり続ける魔境の総体だと思う。」と語った。すると、芸術家が描くのは隠

          「夜行」ー異界という視点ー3

          「夜行」ー異界という視点ー2

          第二夜 奥飛騨 武田について  一見繊細そうな武田は、相手が年上であっても臆せずに懐に潜り込めるような「図太い」「甘え上手」である。  しかし、彼自身が「踏み込んでしまえば、僕も増田さんのように-中略-美弥さんをコントロールすることができなくなるだろう」と言っていたように、あまりに心の距離が近すぎると相手に強い感情を抱かざるを得なくなることがわかっている。そこで彼は、自分から感情を切り離すことによって、たとえ表面上だけでも他者と上手に付き合うことにしたのだ。  武田は「旅

          「夜行」ー異界という視点ー2

          「夜行」ー異界という視点ー1

           森見登美彦の作品を読むと、彼が描く❝異界❞の美しさとほの暗さに魅了される。日常の隙間に入り込む非日常の香りに、ぞっとするとともに懐かしくも感じるのだ。  そして、自分に森見が描く❝異界❞に共鳴する部分があることに気づく。  特に、「夜行」に現れる❝異界❞の恐ろしさと美しさは胸に迫るものがある。この胸に迫ってくるものの正体はいったい何か。  それぞれの話の概要を振り返りながら、❝異界❞について行先不明の旅に出る。 第一夜 尾道中井について  大橋から見た中井は、面倒見

          「夜行」ー異界という視点ー1

          『FILM RED』ウタと『ペンギン・ハイウェイ』アオヤマくんについてちょっと思ったこと

           感想と言うほど大したものではないけれど、少し思ったことを。  今回の映画のヒロインであるウタは、優れた歌唱力とウタウタの実の能力者という絶大な力を持った外見的にも魅力的な少女だ。いや、設定上はすでに成人しているらしいが、成人しているようにはとても見えない幼さがある。  なぜ、こんなにも彼女は幼く見えるのだろうか。  その最たるが彼女の身勝手とも思える言動なのだろう。  彼女は、憧れていた男性も、一緒に遊ぶ友達も、一緒に歌う仲間も失い、孤独に育った。本来他者との間で学ぶべ

          『FILM RED』ウタと『ペンギン・ハイウェイ』アオヤマくんについてちょっと思ったこと

          ペンギン・ハイウェイとハマモトさんのあれこれ3

           ツラツラと妄想を書き連ねてきました。  一人であれこれ考えているとぐちゃぐちゃになるので、最初は頭の中の整理のために書き始めました。けれど、お目通ししてくださる方もいるようで、なかなかにうれしいものです。ほぼ妄想みたいな文章に付き合っていただきありがとうございます。    今回でこの話は一度最後にしようかなと思います。  引き続きネタバレにはご注意を。 ハマモトさんとお姉さん  ペンギン・ハイウェイはアオヤマくんとお姉さんの関係を中心とした物語です。そのくらいアオヤマく

          ペンギン・ハイウェイとハマモトさんのあれこれ3

          ペンギン・ハイウェイとハマモトさんのあれこれ2

           前回の続きです。  今回は少し余談になるかもしれません。ちょっとした性に関する記述もあるので苦手な方はご注意ください。 蛙化現象とハマモトさん  蛙化現象とは、意中の相手と結ばれた途端に、生理的に受け入れられなくなる現象のようです。SNSで話題になっていたので、知っている方も多いかもしれません。  蛙化現象は『カエルの王様』になぞらえてつけられた名前ですが、『美女と野獣』に通じるところがあるように感じます。女性―――特に思春期の女の子にとって、男性はカエルや野獣に見え

          ペンギン・ハイウェイとハマモトさんのあれこれ2

          ペンギン・ハイウェイとハマモトさんのあれこれ

           昨夜ペンギン・ハイウェイがYouTubeでプレミアム公開されました。  やはり素敵な作品ですね。上質なストーリー、個性的な登場人物、映像の美しさ、ノスタルジー、ペンギンかわいい。そう言えば、脚本を務めた上田誠さんがTwitterで「夏休み映画のふりしたハードなSFです。」とコメントしていました。  様々な楽しみ方ができるのも、ペンギン・ハイウェイの魅力の一つと言えるかもしれません。  Twitterでぷつぷつと呟きながら、私が感じたペンギン・ハイウェイの魅力の中で言葉

          ペンギン・ハイウェイとハマモトさんのあれこれ

          妄察 わたしの熱帯

          沈黙しない読書会を終えて  2022年4月18日。時を超えて「沈黙しない読書会」がオンラインで開催されました。  私は「贅沢な読書会」でむにゃむにゃとしか語れなかったリターンマッチとして、「沈黙しない読書会」に手記を応募しました。他のみなさんには及ばずとも、私なりの「手記 わたしの熱帯」を完成させることができました。  書き終えた当初は、我が手記に一片の悔いなしと、以降筆を執る気はありませんでした。2018年に私の心を覆っていた靄は、手記にて語ったことで晴らされたのです。

          妄察 わたしの熱帯