輪廻の風 2-20



「十戒のユリウス・アマレットよ。あんたたち、ロゼの犬ね?」
アマレットは気取った口調で言った。

「へー、あんたみたいな小娘が?十戒って、よっぽど人手不足なのね。」
ジェシカが嘲るように言った。

「若を返してもらうわよ。」
モエーネが強気な口調で言った。

「返してもらうも何も、あの男は自ら進んでユドラ帝国に来たのよ?」
アマレットは理屈に合ったことを言った。


するとエスタは、スタスタと歩き出し、部屋の隅っこに腰を下ろした。

「ジェシカ、モエーネ、その女はお前らに任せたぞ。俺は女とは戦いたくない。」エスタが言った。

「あら子犬ちゃん、随分と紳士なのね。」
アマレットはクスクス笑いながら言った。

エスタは子犬呼ばわりされて、若干苛立っていた。

「十戒を名乗られた以上、こっちも引けないわ。覚悟しなさい?」
ジェシカはそう言って短剣を手に取り、アマレットに襲いかかった。

するとアマレットは、涼しい顔をしながら腰にさしているスティック状の杖を取り出した。

「リパルション」
アマレットがジェシカに杖を向けてそう唱えると、ジェシカは吹き飛んでしまい、壁に打ちつけられた。

ジェシカは何が起きたのか理解できず戸惑っていた。

「え、何今の…?」モエーネはキョトンとしている。


「私は魔術師の一族、ユリウス家最後の生き残りよ。あなた達如き、私の魔術で造作もなく蹴散らしてあげるわ。」
アマレットは得意げに言った。

「ようは魔法少女ってことね…面白いじゃない!」
モエーネはそう言って、アマレットに向かってムチを振り回した。

アマレットはヒョイと身軽にかわした。

ムチに叩かれた床はバシンと大きな音を立てて陥没した。

そして、アマレットはモエーネに杖を向けて「フレイム」と唱えた。

すると杖の先から、まるで火炎放射器の様に炎が放たれた。

「きゃー!」
モエーネは半泣きになりながら悲鳴をあげながら、なんとかかわした。

「なるほど…十戒を名乗るだけあって手強そうだな。」エスタは感心していた。

「ロゼは私たちに忠誠を誓ったのよ。つまりロゼの犬であるあなたたちは、私たちユドラ人の犬でもあるの。だから諦めて今日のところは帰りなさい、見逃してあげるから。」
アマレットはトゲのある言い方をした。

「忠誠を誓ったですって?若はあなた達如きに屈するような弱虫じゃない!」
モエーネはムキになっていた。

「なに?あんたもしかして、ロゼのことが好きなの?」

アマレットが小馬鹿にするようにそう言うと、モエーネは少し頬を赤らめた。

「あら、図星?家臣が主君に恋をするなんて、おめでたい頭してるのね。身の程をわきまえなさいよ。」
アマレットが意地悪そうにそう言うと、モエーネは目の色が変わった。


「あんた、私を吹き飛ばした借りは大きいわよ?」
ジェシカは立ち上がり、アマレットに短剣を向けて再び挑みかかろうとした。

すると、モエーネが「待ってジェシカ、この女は私にやらせて?」と言った。


「は?何勝手なこと言ってるの?」
ジェシカは納得がいかず反論した。

「今回ばかりは絶対に引きたくないの。だからお願い。」

モエーネにそう言われたジェシカは、数秒間黙りこんだ。

モエーネはいつになく真面目な顔をしていた。

「わかったわ、好きにしなさい。」
ジェシカはモエーネの意を汲み、引き下がった。


「ふふっ、ムキになっちゃって。こんな安い挑発に乗るなんて、バレラルクの戦士も程度が知れるわね。」

モエーネはアマレットの言葉を無視し、アマレットに向けて幾度となくムチを振り回した。

しかしその全ての攻撃を、アマレットは難なくかわしていた。
バチンバチンと大きな音を立てながら、部屋の床や壁は損壊していった。

「ドウズ」
アマレットが杖を振りかざしてそう唱えると、モエーネは強烈な眠気に襲われた。

「リパルション」アマレットは続いて唱えた。
うとうとして隙を見せたモエーネは、ジェシカ同様吹き飛ばされて壁に打ちつけられてしまった。

「弱いわね、恋愛なんかにうつつを抜かしているからよ?」アマレットがあざ笑う様にそう言うと、モエーネはゆっくりと立ち上がった。

「アマレットとか言ったわね…あなた、人を好きになったことあるの?誰かのことを自分以上に大切に思ったこと、ないでしょ?」
モエーネがそう言うと、アマレットは分かりやすくカッとなっていた。

「シェーヌ!」
アマレットが大きな声でそう唱えると、モエーネは身動きが取れなくなった。

まるで、全身を見えない鎖に縛られている様だった。

「動けないでしょ?なぶり殺しにしてあげるわよ。」

「ふふっ、ムキになっちゃって、かわいい。ユドラ人でも恋をするんだ?神々の末裔だとか言われてるけど、意外と人間らしいところあるじゃない。」
モエーネはクスクス笑いながらそう言った。
このセリフが、アマレットの逆鱗に触れた。

「うるさい!あんたなんかに何が分かるのよ!カタストロフィ!!」
アマレットは先ほどより大きな声でそう唱えた。

モエーネは命の危険を感じ、何とか両足を動かして端っこに避けた。

すると、先ほどまでモエーネのいた位置の壁が、跡形もなく破壊されていた。

モエーネはゾクっと、背筋が凍りついた。
そして、見えない鎖の様な呪文を、何とか力ずくで解いた。

「愛なんて怪物よ。そんなくだらない感情のせいで、どれだけ世の中不幸になってると思ってんの?愛は憎悪に変わり、憎悪は狂気に変わる。だからいつの時代も争いが絶えないのよ。人を愛すれば愛するほど人は弱くなる…そんな感情、いらないのよ。そうすれば誰も傷つかなくて済む!」

「誰かを愛する気持ちは人間の持つ最も美しい感情よ。傷つくのが怖くて誰も愛さないなんて、臆病者の発想ね。私は人を心から愛せる自分を誇りに思っているわ。」
アマレットの発言に対し、モエーネは自信に満ち溢れた表情で反論した。

アマレットはドクンと心臓の鼓動が高鳴った。
そして、昔の事を思い出していた。

それは、10年前の冬のある日の記憶。
当時6歳だったカインとアマレットが、広い庭園の様な場所で雪遊びをしていた。
2人で仲良く雪のお城を作って遊んでいた。
そこには、楽しそうに、そして無邪気に笑っている2人の姿があった。

「思い出と戦っても勝ち目がないなんて分かってる。だけど…2度と戻れないと分かってても、思い出だけがせめてもの慰めなんだもん…。」アマレットはとても寂しそうな顔をしていた。

「何よ、昔を思い出してるの?いくら過去を美化したって、虚しいだけよ。」
モエーネは冷たく言った。


「リパルション!フレイム!!カタストロフィ!!」アマレットは攻撃の呪文を3連続で唱えたが、モエーネは身軽にかわした。

逆上して平静さを失っている者の攻撃を避けることなど、容易かった。

モエーネはアマレットの右手をムチで叩いた。
その際、アマレットは杖を手放してしまった。

そして追い討ちをかける様に、モエーネはムチでアマレットの体をグルグル巻にした。

「観念しなさい、アマレット。あなたの負けよ。」モエーネはにこりと笑いながら勝利を宣言した。

アマレットは感情的になっていた。

「どうして!?報われない想いなんて、滑稽なだけじゃない!妄想を信じたって滅びるだけ!」アマレットは甲高い声で自身の想いを叫んだ。

「あのね、報われるとか報われないとか、そんなことを考えている時点であなたは私に負けているのよ。与えられることだけを望んだって、何も得ることは出来ない。私の夢はね、いつまでも若を側でお守りして、これから若がつくる平和で素敵な国を守っていくこと。この命尽きるその時までね?それが叶うなら、私は何でもするわ。例え若と添い遂げることが出来なくても、別に構わない。」
モエーネは強い信念を語った。

「ふふっ、言うじゃない。」
「俺も志は同じだぜ?」
ジェシカとエスタは嬉しそうに言った。

アマレットは、目から鱗だった。
そんなこと、今まで一度たりとも考えたことがなかったからだ。

カイン…あなたがいなくなった4年間、私の心は空っぽになっちゃったよ。

知らなかった。
あなたのいない世界が、こんなにも色が無いなんて。
無色透明のこの世界のスピードに、私はついていくのが精一杯…。

アマレットは心の中でこんなことを呟いていた。

「私の夢はね…どんな喜びも悲しみも分かち合えて、どんなに喧嘩しても最後は笑って受け流して…この人と一緒なら例え不幸になっても構わない、そんなふうに思える人と生涯を共に過ごすこと…。だけど、夢は叶わないから夢なの。いつか醒める儚い夢だと分かっていても、いつまでも夢見ていたい…でもそんなの苦しいよ…。」
アマレットは感極まって、静かに涙を流し始めた。

「夢は叶わないから夢か…でも叶えるから夢でもあるんじゃねえか?」
エスタが言った。

「何よ夢夢って…あたし達が生きてるこの世界は紛れもない現実じゃない?勝手に夢なんかで終わらせてんじゃないわよ。」
ジェシカが言った。

モエーネはアマレットを縛っていたムチを解いた。

アマレットは地面にへたれこんだ。
完全に戦意が喪失している様だった。

モエーネはアマレットの元へと駆け寄ってひざまずき、アマレットを優しく抱きしめた。

「アマレット、私たちは今日から戦友よ。だから戦友として、私はあなたの恋を応援するわ?誰の事を想ってるのか知らないけど、その気持ち本人にぶちまけてやりなよ!大丈夫、恋する乙女は無敵なんだから!」
モエーネは、アマレットの心に寄り添う様に言った。

モエーネの優しさに触れ、アマレットは両目から大粒の涙を仲間し、大きな泣き声をあげた。

「泣きたい時は泣けばいい。たくさん泣いた後に、たくさん笑お!」
モエーネはアマレットの背中を優しくさすりながら言った。


「なんか思いがけない展開になったな…俺たち戦いにきたんだよな…?」
「…うん。」
エスタとジェシカは、なんだか先が思いやられる様な気持ちになった。



一方その頃ラベスタは、バベル神殿中層階にある空中庭園に来ていた。

庭園といってもそこまでの広さはなく、石造りの床の上には緑も建造物もない、無機質でどこか寂しげのある場所だった。


ラベスタは山脈連なる雄大な景色をボーッと眺めていた。

「眠いなあ…。少しだけ寝ようかな。」
憲兵隊から逃げながら、ひたすら上層階を目指して階段を駆け登っていたラベスタは、少し疲れてしまっていた。

ラベスタは地面にあぐらをかいた状態で目を瞑り、ウトウトし始めた。
しかし束の間の休息を取ろうと思った矢先、敵が現れた。

「敵地で堂々と居眠りとは、太え野郎だな。」

背後から声が聞こえて、急いで振り返った。

「…誰?」
ラベスタは警戒心を抱きながら尋ねた。

「十戒のバスクだ!」

ラベスタとバスクが対峙した。




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