輪廻の風 2-21



「見るからに強そうだなあ。」
ラベスタは呑気に構えていた。

バスクは剣を抜き、猛スピードでラベスタに斬りかかった。

ラベスタは即座に反応し、ギリギリで防いだ。

ガキン、と大きな太刀音が響いた。

「ほう、いい反応だ。兄ちゃんよ、何の目的でここに来たんだ?」
バスクが尋ねた。

「ノヴァを助けに来た。」
ラベスタは何の迷いもなく答えた。

「ほう、やっぱりな。お前ら今はなきプロント王国の同じ孤児院出身だもんな。今は仲良くバレラルクで新たに新設されたバレラルク兵団を2人で率いてるらしいじゃねえか。親友を助ける為にユドラ帝国に乗り込んでくるなんて、若えのにたいした根性だ!」
バスクは感心していた。

「へえ、俺のことよく知ってるんだね。」
自身の個人情報が筒抜けなことに、ラベスタは驚いていた。

「そりゃそうさ、俺たちは世界の覇権を牛耳ってんだからよ。てめえらの情報なんざいくらでも入ってくるぜ?」

バスクがそう言い終えると、ラベスタはバスクに斬りかかった。

何度も何度も踏み込んでは斬りかかったが、バスクはまるで子供をあしらう様に難なく防いでいた。

ラベスタは確信した。
この男、俺なんかより遥かに強い。

そもそもの戦闘スキルも、経験値もまるで違う。そう思った。

向かい合った時のバスクの迫力に、押し潰されそうになった。


「どう足掻いてもお前じゃ俺には勝てねえよ。諦めて降伏しろや、そうすりゃ命だけは見逃してやる。」

「諦めるなんて…死ぬまでないから。」
圧倒的な戦力差を見せつけられても、ラベスタの目は死んでいなかった。

ラベスタの力強い眼光に、バスクは感心していた。

「何がお前をそこまで突き動かすんだ?」
バスクが尋ねた。

「さっきも言ったろ、大事な親友であるノヴァを助ける為だよ。それと、エンディの為だ。」

「エンディの為?どういう意味だ?」
バスクは興味ありげに聞いた。

「エンディもね、俺にとってノヴァと同じくらい大切な友達なんだ。あいつはね、人の為に本気で怒ったり喜んだり悲しんだり出来るんだよ。そのエンディが、ラーミアを助けたがっている。記憶を取り戻して自分の過去と向き合おうともがきながら戦ってるんだよ。それこそ命懸けでね。だから俺はエンディの力になりたい。エンディが命を賭けるなら、俺も命を賭けて戦う。友達なら、そんなの当然でしょ?」
ラベスタは気迫に満ち溢れた凛々しい表情をしていた。

「お前…ボケーっとしてるように見えて、実は情に熱い良い男なんだな。友達の為にそこまで出来る奴はそうそういねえよ。若いのに大したもんだ、お前みたいな男は大好きだぜ?」バスクは優しく微笑みながら言った。

しかしその優しい顔は、突如鬼気迫る恐ろしい顔へと変貌した。

「だけどな、甘い。」
バスクはそう言って、ラベスタの上半身を斬った。

ラベスタはあまりの速度に反応できず、血を流しながら地に片膝をついた。

「なんで甘いか、分かるか?それはな、お前が弱いからだ。」
バスクは厳しい顔つきでラベスタを見下ろしていた。

「くっ…。」ラベスタはバスクの顔を見上げ、睨みつけていた。

「弱者の振りかざす正義感なんて、所詮は空虚な理想論だ。お前の掲げる信念には何の価値もない。力無き者の言葉ほど軽いもんはねえぜ?」

ラベスタは悔しかった。
ここまで言われて何も言い返せない自分に、無性に腹が立っていた。

「言ってくれるね…でもね、それでも負けるわけにはいかないんだよ…。」
ラベスタはゆっくり立ち上がった。
意地でもこの男に勝ちたい、そう思った。

そして2人は再び剣を交えた。

本気で斬り込むラベスタに対し、バスクは明らかに手を抜いて攻撃を受け流していた。

そんな応酬の中、ラベスタはノストラとの修行の日々を思い出していた。

ノストラは老人とはいえど、元は十戒の筆頭隊だった男。信じられないほどに強かった。

それに比べて、バスクはどうだろう。
確かにバスクは強いが、剣捌きも動きの速度も、どれもノストラの方が比にならないほど上だった。

「あれ、なんか動きに慣れてきたかも…。」
ラベスタはボソリと呟いた。

「ほう、この短期間で確実にさっきよりも腕を上げたな。お前、センスあるぜ?だけどな…それでも甘い!」

ラベスタは再び斬られてしまった。
そして、背中から地面に倒れそうになった。

「ラベスタ、悪く思うなよ。俺にも守りたいものがあるからよ。お前はいい奴だが、侵入者だ。俺の大事なもんを脅かす可能性が少しでもある限り、俺はお前を殺すぜ?」
バスクは勝利を確信した。
我ながら一方的な戦いだったな、とバスクは思った。

しかし、ラベスタは背に地面をつける直前に力を振り絞り、何とか踏ん張った。

それは、意地でも倒れないという強い執念の賜物だった。

「なに!?」バスクは、ラベスタの予想外の打たれ強さに驚嘆した。

そしてラベスタは、とてつもない速度でバスクに斬りかかった。
バスクは慌てて防御を試みる。

すると、近くから「バスクおじちゃーん!」
という声が聞こえた。

ラベスタとバスクは耳を疑った。

なんと、7人の幼児たちがラベスタとバスクの間に向かってゾロゾロと走ってきたのだ。

「遊ぼうよ、バスクおじちゃん!」

ラベスタは震撼した。
突然間に入ってきた子供たちを、このままでは斬ってしまう。
自分でも止めようのない程勢いづいていたのだ。

すると、バスクはラベスタに背を向けた状態で一番先頭を走っていた男の子を抱きしめた。

ラベスタはその勢いで、バスクの背中を斬ってしまった。
バスクは身をていして子供達を庇ったのだ。

「どうしたのおじちゃん?」
「おじちゃんだけ遊んでてズルいよ!私たちもまぜてよー!」
今の状況をまるで理解していない子供達は、無邪気にそんな事を言っていた。


「ああ、いくらでも遊んでやるぜ?だけどなあ、今はちょっと忙しいからよ、また後でな?」
バスクは背中を斬られたと言うのに、顔色一つ変えず、優しくて落ち着いた口調で子供達に言った。

「えー…どうして〜?」
「つまんないの〜、じゃあ後で絶対に遊んでよね?」

「おう、約束するよ。後で必ず遊んでやるから良い子にして待ってろよ。」
バスクがそう言うと、子供達はガッカリしながら帰っていった。

バスクが自分たちを庇って背中から血を流しているなんて、子供達は全く気が付いていなかったし、想像だにもしていなかった。

「悪いなラベスタ、邪魔がはいっちまった。続きを始めようぜ?」
そう言ったバスクの表情は、心なしか苦しそうに見えた。

「バスク…あんたの守りたいものって、まさか…?」
ラベスタは放心していた。 

「おう、あのガキどもだ。何か文句あるか?まあよ、十戒の戦闘員がガキども守るために戦ってるだなんて、実際笑うしかねえよな。」

「バスク、初めてあんたを見た時に思った。あんたは悪い人じゃないって。あんたからは悪党独特の嫌なニオイが一切しなかったからね。そして今それを確信した。俺はあんたとは戦いたくない。」ラベスタはハッキリとした口調で、自身の思いを主張した。

「甘いこと言ってんなよ?生きてりゃな、戦いたくなくても戦わなくちゃいけねえ時が必ず訪れるんだよ。どれだけお互いを尊敬し合ってても、信念が違えば衝突しちまうんだよ、嫌でもな?」
バスクも、本心ではラベスタとは戦いたくないと思っていた。
しかし自身の信念のため、バスクは心を鬼にしてラベスタと戦っていたのだ。

「どうしても戦わなくちゃいけないんだね…なら仕方ないね。」
ラベスタはやりきれない気持ちになっていた。

そしてなんとラベスタは突然、剣で自分の脇腹を斬った。それも何の躊躇もなく。

「おい!てめえトチ狂ったのか!?」
バスクは本気で驚いていた。
そして、信じられないという顔つきでラベスタを凝視していた。

「バスクの背中の傷の深さもこのくらいだったかな?」
ラベスタは自身で斬った脇腹をまじまじと見つめながら、呑気に言った。

「は?何言ってんだ?」
バスクは理解に苦しんでいた。

「さっきの一撃は不本意だったからね。これでフェアでしょ?」
ラベスタはニイッと不敵な笑みを浮かべながら言った。
そして、脂汗をかきながら激痛に耐えていた。
しかしその表情はいつもと変わらず、一貫して無表情だった。

「ラベスタ…てめえ男じゃねえか!ますます好きになったぜ?でも、容赦しねえぜ?」
バスクは、ラベスタを1人の男として認め、高い評価をしている様だった。

両者向き合い、再び戦いの火蓋が切られた。


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