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短編小説

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タイトルの通りです。短編小説を集めています。
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記事一覧

連作短編小説『ワンダフルトゥナイト』第7話

連作短編小説『ワンダフルトゥナイト』第7話

「昨日、詩をかいたんだけど」
「しってポエムの詩?」
「ほかにある?」
「うーん。die、city、Mr.、teacher、Samurai、history、ほかにもいろいろあるんじゃない?」
「でもかくのはポエムの詩だけでしょう」
「でもほら、例えばdieの死を題材にした小説をかくのなら死をかくといえるし、都市の景色を絵で描いたらそれも市をかいたといえるでしょ」
「確かにそうだけどそのへんの可能性

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短編小説『水谷さん』

短編小説『水谷さん』

「奥井も気づいてたよな」
「ああ、水谷さんでしょ」
 先生が水原一平のことをずっと水谷さんと言っているのを俺とサトシは最後まで訂正できずにいた。
「俺、学生の頃に居酒屋でアルバイトしててさ」
 先生の背中を眺めながら俺はサトシに話しかける。
「焼酎とか日本酒って読み方が難しいやつがあるじゃない。神様の神に河でなんて読むか知ってる?」
「かんのこでしょ」
「そう、かんのこ。なんだけど、当時けっこうな

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連作短編小説『ワンダフルトゥナイト』第6話

連作短編小説『ワンダフルトゥナイト』第6話

「ツツジって漢字でどう書くか知ってる?」
「知ってるよ、躑躅でしょ?」
「いや、それならあたしだって簡単に書けるわ。躑躅。ほら」
「じゃあ、いいじゃないそれで」
「よくない。ちゃんと書かないとどんどん馬鹿になっちゃうよ」
「躑躅って書けなくても馬鹿にはならないよ」
「でも書けるに越したことはないでしょ」
「いいよ別に。躑躅って変換してくれるんだから」
「でもちゃんと書けておきたいって思わない?」

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連作短編小説『ワンダフルトゥナイト』第5話

連作短編小説『ワンダフルトゥナイト』第5話

「それでロールプレイングゲームなんだけどさ」
「またその話?」
「いや、レイちゃんが話しはじめたことだから」
「何の話だったかしら」
「俺は知らないよ。知らないけど途中で終わっちゃってるから気になるだけで」
「あー、そうそう、それでわかっちゃったんだ」
「何が」
「思い出した。この話をしていて、男と女って長いこと付き合ってるともうお互いがお互いに関心を持たなくなるってことがあるよねってあたしが言っ

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サミュエルLジャクソンの一件

サミュエルLジャクソンの一件

 22時過ぎ、新宿着。
 せっかくなので夜の新宿の空気を味わうべく、チェックインを済ませてから彼の有名な新宿ゴールデン街にでも行ったろかい、と歩を進めると今夜はやたら、客引きに声を掛けられる。三人ほどのおじさんたちをあしらい、ひたすら歩くと今度は「先生!先生!」と呼び止められるので文豪気取りの俺が振り向けば、2メートル近くあるサミュエルLジャクソンみたいな黒人が満面に笑みを浮かべ俺が振り向くのを待

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連作短編小説『ワンダフルトゥナイト』第4話

連作短編小説『ワンダフルトゥナイト』第4話

「ロールプレイングゲームの話、途中だったよね」
「もう別にいいけど」
「いや、途中で終わったら気になるじゃない」
「ふーん」
「何その不敵な笑みは」
「なんかわかっちゃった気がする」
「何が」
「男と女って長いこと付き合ってるともうお互いがお互いに関心を持たなくなるってことがあるでしょう」
「うーん、そういうこともあるのかな」
「わっくんそういうとこ、守りに入るよね」
「レイちゃんは逆にそういうと

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その大きな声は

その大きな声は

声の大きな人の意見のほうが通りやすい
声を出すことさえできない人もいる
声の大きな人はその大きな声が特権であることに気づくことができない

声の大きな人と声の大きな人とでしか話し合いがおこなわれない
声を出すことさえできない人は話し合いのテーブルにさえつけない
声の大きな人はその大きな声が特権であることに気づくことができない

声の大きな人がそれは僕の責任じゃないと声高に叫ぶ
声を出すことさえでき

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連作短編小説『ワンダフルトゥナイト』第3話

連作短編小説『ワンダフルトゥナイト』第3話

「ロールプレイングゲームってあるでしょ」
「俺ゲームやらないからわからない」
「えー、ドラゴンクエストとかファイナルファンタジーとか知らない?」
「うーん、名前はなんとなく知ってるような気がしないでもないけど」
「勇者が仲間と一緒にモンスターを倒しながらレベルアップして最終的に魔王的存在のボスを倒すんだけど」
「冒険するわけだ」
「そう、冒険。モンスターを倒したらどういうわけかお金がもらえて何回か

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短編小説『エスカレーター』

短編小説『エスカレーター』

「今日ラジオ聴いてたらさ」
「え、ちょっと待って。レイちゃんラジオなんか聴くの」
「聴く聴く。ずっと聴いてる」
「正直俺、どうやって聴くかも知らない」
「うーん、耳でというよりはハートで聴くって感じかな」
「それは俺の期待している答えではない」
「いつも期待通りの女なんてつまらないと思うけど」
「それはその通りかもしれないけど期待通りに答えてほしいときもあるよね」
「せっかくの二人の時間なんだから

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短編小説『ワンダフル・トゥナイト』

短編小説『ワンダフル・トゥナイト』

「あたしの家って阪急でいうと最寄りが大宮駅なのよ」
「知ってるよ、この家のことだろう」
「うん、そう、でもわっくんは普段電車乗らないからそういうことはわからないんじゃないかと思って」
「いやいや、だってこの家に来るのに大宮の駅前を通るからそのくらいのことはわかるよ」
「でもわっくん、自分の興味ないことは全然知らないから。こないだもお米三合炊いておいてって頼んだら炊飯器の3のところまで摩り切り一杯に

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禁酒二日目

禁酒二日目

 禁酒二日目、ようやく軌道に乗り始め、このまま惰性で続けられそうだと思っていた矢先、職場で缶ビールをいただいてしまった。好きでしょ?とばかりに「みんなは一缶だけど、二缶にしておいてあげる、内緒だよ」などと言われ、「いま禁酒してますねん」と答えることは俺にはできない。甘んじて受け取るしかない。
 しかし、この二缶を呑んでしまうことで俺は禁酒の軌道から外れることになり、また禁酒を敷設するところから始め

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短編小説 ささやかで大いなる抵抗

短編小説 ささやかで大いなる抵抗

 掃除のおばちゃんだなんて言われて失礼しちゃう。還暦にもまだ届いてないのにおばちゃんだなんて。あなたはおっさん呼ばわりされたら怒るくせに。あー、朝から気分が悪い悪い。別にお姉さんと呼んでくれとはいわないけど、おばちゃんって余計じゃない。おばさんと言い切るのが憚られるからちゃん付けにしてる、その悪知恵がまた許せない。
 だいたい、どうして男子トイレを掃除するのが女の仕事になんだろう。女子トイレだって

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短編小説『がら』

短編小説『がら』

 いつもより1時間ほど早起きして文机の上に置いておいた眼鏡をかける。ぼやけていた世界の解像度がぐんと上がる。碌に勉強もせず下請け業者相手に偉そうに持論述べくさるおっさんどもの観ている世界は眼鏡をかけていないど近眼みたいなものなんだろう、嗚呼朝から気分が悪い。しょうもない仕事やで、しかし。
 枕の周りにストローを細かく切り刻んだような円柱型の白い物体が散乱しており、はて、これは何だとしばし考え、すぐ

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短編小説『俺のモラル』

短編小説『俺のモラル』

「行ったらあかんで」
「え」
「信号赤やから行ったらあかん」
「いやでも車なんか通りませんやん」
「そんなん関係ない。赤信号は止まれや」
 なんやねん、このおばはん。融通のきかんやつやで。風紀委員でもやっとったんかな。こういうやつ、不特定多数おるよな。どういう正義感やねん。
「別におばはん関係ないやんけ」
「あります。そうやってちょっとしたルールを破ることを赦してしまうから世の中から犯罪がなくなら

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