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夜に溶けた境界線【明け方の若者たち】

忘れられない人、忘れられない思い出だって、時間が経てば、ただの事象にかわっていく。解像度は落ちて、輪郭はぼやけ、彩度は下がり、ありふれた映像となる。

そうやって“青年”は、いつのまにか”大人”へと、変わっていくのだろう。


――――――

ある日のこと。

作業中にラジオかけていたラジオの曲に心を奪われた。細く、けれど存在感のある声。サビで盛りあがる王道メロディー。心の機微を現わす繊細な歌詞。

「夜に駆ける」という名前だけ覚えて、家に帰り、YouTubeで再生する。

やっぱり、いい。

その後Wikipediaをみて、気が付いた。ボーカルの彼女は年下だったのだ。

胸がチクッっと痛んだ。


べつに自分より遅く生まれた人が活躍するのが嫌なわけじゃない。ただ比べてしまったのだ。

お金が出るはずだったのに無料になった記事を必死に書いて、断ることもできず、かれこれ4回目の修正を徹夜でしている自分と。

まるで片耳しか聞こえないイヤホンのような、サビで途切れるCDのような、炭酸の抜けたコーラのような。

比べてしまったからこそ感じた、満たされない日常。満足していないのに納得していた、描いていたのとは違う日常。



こんなハズじゃ、なかった。



――――――

カツセマサヒコさんの初の著作「明け方の若者たち」には、まるで僕を書いたかのような、こんなハズじゃない主人公が登場する。

目標とは違う会社で、けれどトビラから漏れた、たった1cmの光にすがって、自分を納得させ、夢とは違う未来へと進んでいく。

一寸先を有り合わせで埋めて、歩いてきた道を振り返ったとき、出る言葉は「ああすればよかった」「こうするべきだった」と後悔ばかり。

僕の場合スタートは違うけれど、たった1cmの希望の光にすがった点が、嫌というほどダブってみえる。

性格もあって後悔はあまりしないけれど、ある一瞬、気を抜いた刹那、「なんでいまこんなことしているんだろうな……」と不満を持つ点も重なった。


ほんとのことをいえば、”一番”に、”目標通り”になんてなれないことはとっくに知っていた。けれど”そこそこ”にはなれると思っていた。

夢に”そこそこ”近づいて、なぜか一番の人に好かれる、”そこそこ”頼りがいのある凡人。自分にはそんな”そこそこ”な特別性があると思っていたのだ。

だけど、現実はそうではなかった。

「これくらいできるだろう」と打算を組み失敗した、これ以上になくダサく、みじめな自分。

黒い影が心を覆って、いっそのこと砂が風に舞うように、ふわっと消えてしまいたくなる。


それでも自分にはもったいないんじゃないか、と思うほど充実した、華やかで愛しい未来を感じさせる瞬間はあって。

例えば、大好き彼女との甘く、愛しく、狂おしい時間。

例えば、スマートな友人と、まるで子どものようにはしゃいだ時間。

自分にはセンスがないけれど、彼女たちと一緒にいられれば、それでいい気がした。彼女たちの内でなら、何者かになれると思った。

熱に浮かされたような昂揚感。それだけを頼りに、蜜であり毒であり沼の日々を歩む。まるでタバコのような幸せと依存性。


だけど大切な人も仲間も、自分にかまうことなく進んでいく。固く結ばれていたはずの糸は、これ以上になく簡単に、そしてあっけなく、ほどけていってしまう。

大切に思っていたのは自分だけだったのかと考え、裏切られたと恨み、少し後に、友人たちの都合も自らの失敗もみえない自分に嫌気がさし、反吐が出そうになる。

幸福のタバコは、いつだって絶妙なタイミングで体に害をなすのだ。

残された自分はどうすればいい? 何を頼りに生きればいい?一緒に幸せな世界にいてほしかった。

この虚無感に立ち向かう術を、僕は知らない。


「時の経過を待って淡々と生きる。心は極力動かさぬよう、無関心を貫く。深くえぐられた傷口は徐々に固まり、皮膚は分厚くなっていく。思い出す回数が自然を減っていく。興味関心が薄れ、嗅覚は匂いを忘れ、体から毒素が抜けるように、あの人がいなくなっていく。(中略)心は固く、強くなり、執着は糊を剥がすように、少しの跡を残して消える」

知らないのではなく、無いのかもしれない。唯一あるとすれば、それは時間。

時間だけを武器に、どんな痛みも哀しみも、言葉にできない黒いモヤモヤも、とにかく嫌もの全部、ぜんぶ抱えて、糧にして、独りの夜にたまに泣いて、またこれからを進んでいく。そうして現実を知っていく。

思い出は、胸が痛まない程度の分厚い瓶にいれて、たまに宝物のように眺めて懐かしむ。

綺麗事で、手垢だらけで、渦中ではそんなことに耳を貸していられないだろけど、今の僕にはそれしか考えられない。

そうやって時間を武器に過ごしていくうちに、やがて青年と大人の境界線はあいまいに溶けていく。

夢は下がり、甘い日々の期待に拐かされることもなくなって。夜に自由な"青年"は、現実を生きる"大人"へと成長していくのだろう。

だから、今この瞬間。こんなハズじゃないイマ。

せめてこのイマに、できるだけのことはしてみようと思うのだ。

現実なのか夢なのか、はたまた夢の中で夢を見ているのか。わからなくなるくらい目標に生きて、いつかこの日々を懐かしめるように。


もうすぐ、夜が明ける。


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