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短編小説

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2022年4月の記事一覧

短編【パリの痴話喧嘩】小説

短編【パリの痴話喧嘩】小説

その部屋からはパリの市内が一望できる。ホテルの最上階から絵画のような夜景を堪能できるのは、ごく限られた人間だけだ。地上に煌めく銀河のようなパリの夜景は、時間と共に変化する芸術作品のように人々を魅了する。

しかし、その芸術的な夜景に目もくれず狭山陽子はスイートルームに入ってくるやいなや本革で作られたソファに不機嫌に座った。その後から申し訳なさそうに狭山淳が入ってくる。

「あの…」

陽子は赤いハ

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短編【愛無き愛児】小説

短編【愛無き愛児】小説

暗過ぎず明る過ぎず、ちょうどよい上品な照明が灯るそのバーラウンジには、大き過ぎず小さ過ぎず会話の邪魔をしない耳触りの良いジャズが流れている。ジャスのナンバーはバート・バカラックのアルフィー。甘く切ないメロディが大人の夜を演出する。

「ごめんなさい。少し遅れちゃた」
「いや、そんなに待ってないよ。珍しいな君が遅れるなんて。いつも僕より先にいるのに」

いつもなら約束の時間の三十分前には広瀬由花はバ

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短編【太陽フレア】小説

短編【太陽フレア】小説

当初は二週間程度の通信障害だと予測されていた。

『太陽フレア』が起こったのだ。太陽フレアとは太陽の表面で起こる爆発現象のことで、この太陽フレアにより宇宙空間に大規模な変動がおきる。その影響は通信障害を引き起こると言われている。

つまり、スマートフォンに代表されるインターネット機器が機能不全に陥るというのだ。

太陽フレア自体は小規模なもなら一日に三回ほど起きている。しかし、今回観測された太陽フ

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短編【狂った理由】小説

短編【狂った理由】小説

この瞬間にも、世界には死にゆく子供達がいる。そんな事くらい多くの日本人は知っている。が、実際の世界の現状を知っているわけでは無い。

例えば、一円玉4枚で失明や病気から子供を守れるビタミンA剤を一つ届ける事が出来る。
14枚で鉛筆やノートを贈る事が出来る。
18枚で一人の子供を麻疹から救えるワクチン一回分を打つ事が出来る。
100枚でポリオのワクチンを7つ作り、7人の子供を救える。

僅かなお金で

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短編【二百二十日】小説

短編【二百二十日】小説

南鳥島から南西に十三キロ地点に無人の七枝島はある。南北2.3キロ、東西2.5キロのいびつな円形の島で標高248メートル。島の南側には断崖絶壁の岬があり、岬の根元には気性の荒い波が幾重もぶつかり白い泡となって消える。空にはセグロアジサシの群れが騒がしく飛び回っている。

無人島であるはずの、その岬に男女の姿が見える。女は右手でスマートフォンを持ち左手で白いつば広の帽子を左手押さえいる。それほど風が強

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短編【にっぽんの将来】小説

短編【にっぽんの将来】小説

プレミアムフライデーの今日、俺は社内規定通り十五時に仕事を切り上げて帰宅した。

家に着くと同時に妻が
「サトシのお迎えよろしくー」
と言って仕事に出掛けていった。

妻は飲食店でパートをしている。プレミアムフライデーの今日は十五時退社の会社員たちを獲得するために店を早く開ける。その為に妻はいつもより早く出勤する。

俺は仕事を残したまま早めに帰宅。妻は家事の疲れを残したまま早めの出勤。なんだかな

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短編【あおむし】小説

短編【あおむし】小説

どこから入り込んだのか俺の部屋の壁に一匹の青虫がいた。木目を模したベニアの壁に一匹の青虫がへばりついている。ゴキブリ以外の生き物を見たのは久しぶりだった。俺はゴミ袋からポリスチレンの弁当箱を拾って、そいつを弁当箱に入っていた食べ残しのキャベツの上に置いた。

ネットで調べると、どうやらモンシロチョウの幼虫のようだった。モンシロチョウの幼虫はアブラナ科の植物の葉を食べると書いてあった。たまたま弁当箱

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短編【ポテトサラダ】小説

短編【ポテトサラダ】小説

身勝手な話だけど煌羅理が邪魔になった。

中学の時から一緒につるんでいた仲間からは「おまえらは思考回路が一緒だよな」と良く言われた。実際にオレの価値観と煌羅理の価値観は鍵と鍵穴のようにピタリと合っていたしセックスの相性も鍵と鍵穴の様に抜群だった。

そんな煌羅理が邪魔になったのは、オレの前に未絵が現れてからだ。4つ年下の未絵とは価値観が全く違ったが、それが新鮮だった。そして、オレは未絵と一線を超え

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短編【ヤスールの魔女】小説

短編【ヤスールの魔女】小説

計画を立ててから決行の日まで充分に時間はあった。充分過ぎる時間が、ぎりぎりまで行動を鈍らせてしまうのだろうか。この日のためにリサイクルショップで購入したカーキ色のナップザックに三日分の衣服を詰め込んだ。

初めての海外旅行。初めての旅行の準備。何をどれくらい持っていけばいいのか見当もつかない。

私は明日、バツアヌ共和国へ行く。正確に言えばバツアヌ共和国のタンナ島へ行く。もっと正確に言うならバツア

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短編【夢野蝶々】小説

短編【夢野蝶々】小説

「あなたは他の人とは違うわね。目を見れば解るわ。共感は出来なくても理解はしてくれそう。少なくとも理解しようと努力はしてくれそうね」

夢野蝶々、本名水口紀江はゆっくりとそう言った。

2033年6月27日午前3時12分。その日、夢野蝶々は血にまみれていた。血にまみれながら本宮町三丁目を虚ろに徘徊している所を警察に連行された。その時、彼女は右手に小さな肉の塊をぶら下げていた。ひと月後に生まれてくるべ

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短編【宇宙の芸術】小説

短編【宇宙の芸術】小説

息子夫婦が亡くなって三十三年になる。一九八九年二月十八日、黒烏山でイチゴ狩りバスツアーのマイクロバスが転落した。死者は八名。その中に私の息子とその妻が乗っていた。

イチゴ狩りバスツアーは私が息子夫婦に勧めたものだった。二月のある日、趣味で始めたばかりの盆栽の木瓜の花が咲き始めた頃、私は盆栽に使う、さつき鋏を買いに商店街にある行きつけの園芸店へ向かった。

いままで使っていたステンレス製の鋏よりも

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短編【禁断の手】小説

短編【禁断の手】小説

会社の同僚からもらった珈琲を淹れる。以前、珈琲が好きだと言う話をしたら、それなら家に飲んでない珈琲があるから賞味期限が切れてないなら持ってくるよ、と言う事になり、珈琲粉が入った袋を貰った。

珈琲は好きだけど粉から飲んだ事ってないんだよなあ、あんまり。なんて事を我那覇孝淳は思っている。

粉から飲んだ事がないというのは不正確で、正確には市販されているドリップバック型の、珈琲粉とドリッパーが一体にな

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短編【神と交わした悪魔な約束】小説

商業ビルと商業ビルの間にこじんまりと設置された稲荷神社の前に男と女が並んで立っている。夜の神社で男は何かを必死で祈願している。その様子を女が見ている。祈願が終わって顔をあげた男はずっと秘めていた言葉を口にだした。

トミー・コンツェルンの営業部、新本研二と同じくトミー・コンツェルンの企画部、笹平ひとみは大学は違うが同じ高校の吹奏楽部の先輩と後輩の仲だった。

新本研二が一年先輩だったが、大学受験に

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短編【やめなさい】小説

短編【やめなさい】小説

玄関から娘の唯愛乃の、ただいまあ、と言う声が聞こえた。父の茂はロッキングチェアに身を預けながら、おかえりい、と返した。

「今日は早かったな」
リビングに入ってきた唯愛乃を見て茂は言った。

唯愛乃はブランド物の小洒落たリュックを左肩から滑らせてソファに落とした。右手にはコンビニのビニール袋を持っている。ビニール袋からはアルミ缶が数本見える。

「ご飯は?」
と唯愛乃。
「食べたよ」
「私の分は?

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