短編【神と交わした悪魔な約束】小説

商業ビルと商業ビルの間にこじんまりと設置された稲荷神社の前に男と女が並んで立っている。夜の神社で男は何かを必死で祈願している。その様子を女が見ている。祈願が終わって顔をあげた男はずっと秘めていた言葉を口にだした。

トミー・コンツェルンの営業部、新本にいもと研二けんじと同じくトミー・コンツェルンの企画部、笹平ささひらひとみは大学は違うが同じ高校の吹奏楽部の先輩と後輩の仲だった。

新本にいもと研二けんじが一年先輩だったが、大学受験に二度失敗して第三希望の大学になんとか入り、その四年後に新卒としてトミー・コンツェルンに入社した。一方、笹平ささひらひとみは第一希望の大学に一発で合格して卒業後にトミー・コンツェルンに入社した。

新本にいもと研二けんじがトミー・コンツェルンに入社したとき、笹平ささひらひとみは既に入社二年目だった。つまり、学生時代に先輩後輩の仲だった二人は、社会人になると上下関係が逆転していたのだ。

学生時代に新本に対して敬語を使っていた笹平が、
「もう、取り返しがつかないのぉ!」
と平語を平然と使えるようになって八年が経っていた。
笹平がビールが入ったジョッキを叩きつけるようにテーブルに置いたので、ビールの泡が飛び散りテーブルの天板を濡らす。

「まあまあまあ」
と新本がそれを拭きとり笹平をなだめる。新本は笹平が次に何を言うのか見当がついていた。二人は月に一、二度、帰宅時間がかち合った時に飲みに行く仲になっていた。

「いつまで本気にするの?ねぇ?冗談だったって分かるじゃん!違う!本気だった!あの時は本当に本気だったよ!でも…でも…でも分かるじゃーん!いつまで本気にしてるの?ねぇ」
「そうだねぇ。あ!すみませーん!生、二つお願いしまーす」

笹平ひとみは母子家庭だった。父親は遊びの間に仕事をするような人で、いつしか遊びの間に別の遊びをするような絵に描いたような駄目人間になり下がり愛想を尽かせた母が借金を作る前に別れた。その判断は正しく父はその後、かなりの借金を作った。

しかしそれでも貧しい生活なのは変わらず大学に行くのなら国立大学に一発で合格するしかなかった。

笹平は必死に勉強した。学習塾に通えるほどの金銭的な余裕などなかった。学校の椅子と自宅の学習机の椅子、その間に食卓の椅子と、トイレの便座だけを行き交う生活が一年半弱続いた。

その間、不合格となり人生最悪な心境を味わう夢を何度も見た。

そして受験の一日前、笹平は自宅近くの神社で人生初の本気モード全開の参拝をした。
「神様!お願いします!大学に合格させて下さい!お願いします!合格したら、私は一生独身でも構いません!私の幸せな結婚を捧げます!生まれてくるはずの子供の命も捧げます!だから!だから!だから絶対に!」

合格させて下さいと、大奮発した五十円硬貨一枚を賽銭箱に投げ入れた。もちろん、笹平が大学に一発で合格したのは神の裁量ではなく完全に笹平自身の努力によるものであるが。

であるが、三十路を過ぎても結婚が出来ないのを受験前のあの日の参拝に原因があると思い込もうとしている。

「私ねぇ、私ねぇ、自分の子供の命まで犠牲にしたのぉ!悪魔よぉ!私は悪魔よぉ!」
「まだ、生まれてないだろ。もう、烏龍茶にしろ。あ!すみませーん!烏龍茶ひとつ!」

新本は、この神社での悪魔的契約の話を何度も聞いている。笹平がこの話をしだすのは酔い始めの序章の合図で、これ以上飲ませると記憶がなくなってしまう。このタイミングで烏龍茶を飲ませるというのが新本が編み出した笹平セオリーの一つのだった。

「だったらさ。もう一回神社に行って、神様にお願いしろよ。結婚させて下さいってさ」

何言ってんのよ。馬鹿じゃないのと言う笹平を居酒屋から連れ出して、新本は繁華街を歩き出した。どこにいくのよぉ、と言いながら後をついて来る笹平に、新本は、まあまあ、と言いながら商業ビルと商業ビルの間にこじんまりと設置された稲荷神社に連れてきた。

笹平は、しょうがないなあと言いたげに呆れ笑いをして、新本の冗談に乗ってあげようと稲荷神社に手を合わせようとした。

「あ、待って」
「なによ」
「俺がお願いするよ」
「何でよ」
「俺、二回大学落ちてるから、あの時のお返しとして笹平を結婚させて下さいって」

お願いする。と新本が言うと笹平は馬鹿じゃないのと笑った。

初めて吹奏楽部に入部してきた笹平ひとみを見たときからずっと、ずっと新本は言いたい事があった。偶然同じ会社で笹平に会った時に笹平には彼氏がいたから、その想いを思い出さないふりをした。そして、その彼氏とも別れ、いつしか一緒に飲む中になり。


祈願が終わって顔をあげた新本はずっと秘めていた言葉を口にだした。





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