言霊の力 神様も“失敗”して成長した ことの葉綴り。二一〇
伊波禮毘古の言霊
おはようございます。長月の最期の土曜日の朝、いつもの「ことの葉綴り。」の大切なひとときです。
日向の高千穂から、天下を安らかに治めようと、
兄の五瀬命と旅立った天孫の御子、伊波禮毘古。
旅をしながら、ときに居を構えて、地元の豪族とは、
言霊により、仲間にならないかと交渉を続けながら、
十六年の歳月をかけて、仲間を増やし大阪湾へ辿りつきました。
そこで、伊波禮毘古たちを、生駒山を支配する豪族、那賀須泥毘古が待ち受けていました。
彼らの烈しい攻撃で、傷を負った五瀬命は、こう言葉を残します。
「天孫の御子の私たちが、太陽が昇る東へ向かい戦ってしまったのがいけなかったのだ。
向きを変えて、太陽の光を背中に受けて向かい合うのだ」
伊波禮毘古一行は、一旦は退き、大阪湾を南下し和歌山へ向かいます。その最中、兄の五瀬命は命を落としてしまいます。
辿りついた熊野の山中では、生死の境をさまよい大ピンチ。
天照大御神さまはじめ天つ神の御こころに助けられて、
神の使者、八咫烏を道案内に、熊野、吉野、奈良の宇陀へと進み、
苦難の末、いよいよ最終決戦の相手と、向かい合うことになりました。
それは、兄の五瀬命の命を奪った相手でした。
兄上、いよいよです。
必ず、那賀須泥毘古に打ち勝ち
私たちの天命を全ういたします。
伊波禮毘古は、配下の皆へと向けて、意気を上げるために
歌を披露しました。
強気勇猛な我が久米の者らよ。そなたらが垣の側に植えた山椒。山椒の実は、口に入れるとヒリヒリして、いつまでも忘れられないものだ。
同じように、私は、前に受けた敵からの痛手を決して忘れることはできない。今こそ、仇をとり撃ってしまおう!!!
神風吹く伊勢の、あの伊勢の海の大きな石を這いまわっている細螺(しただみ)のように、私たちも、這いまわり、宿敵を撃ち取るのだ!
言霊の力
言葉の力で、配下のものたちの、疲れや邪気を祓い
勇気を与えようとしたのでしょうね。
古来から、先人たちは「言霊」(ことだま)を信じてきました。
言葉には、内包された霊力があるということです。
この言葉を唱えることで、霊力が発揮されるのです。
言葉が、「あめつちをうごかす」と、とらえられていました。
「言霊の幸(さき)わう国」とも言われます。
私たちが、発する言葉。そこに霊力があること。
天孫の御子の言葉……それは、神話の物語の冒頭に戻りますが、
宇宙の始りに在った、天之御中主神さまの御こころ。
それは、高天原の天照大御神さまの御こころ、天つ神の御こころと
一つになること。
その御こころで国を治めること、それが「しらす」ということ。
https://note.com/kotonohatsuzuri/n/n0047e932048c
天孫の御子、伊波禮毘古の言霊……それは天つ神の御こころと一つであるということ。それは、「天地(あめつち)を動かす」言霊でもあるのです。
また神にお祈りする「祝詞」は、「宣る(のる)」。
これは「宣言いたします」という意味ですが、
自分自身、または相手の名前を「なのる」ことで、
古来、自分の名前を相手になのることは、とても重要なことでした。
伊波禮毘古は、国と安からに一つに治める天命で
東へと向かってきました。
その土地土地で、言霊で、言葉の霊力で説得交渉していったのです。
出会う人に、「そなたは誰か?」と、出会い名乗っていきました。
けれど、うまくいかないこともあったでしょう。
特に、後退を余儀なくされ、兄を失った那賀須泥毘古。
そこから、一度は、傷つき自信もなくし、天命をあきらめかけたかもしれません。
天照大御神さまはじめ、天つ神より、
使者である八咫烏、神剣をさずけられて、
天つ神の御こころと一つに、深く“つながった”のではないでしょうか。
“再生”し、さらに成長し、まさに天孫としての力を器となられて、そして、言葉の霊力の歌を披露されていった気がします。
さらに新たな強敵が
伊波禮毘古の言霊の歌は、味方の一行の覇気にも、
天つ神にも、亡くなった兄の五瀬命にも届いていました。
兄の仇であった、那賀須泥毘古。
一度は、後退を余儀なくされた因縁の相手に
あきらめることなく挑み、
宿敵那賀須泥毘古を撃ち取ったのです。
そのとき、伊波禮毘古たちは、兄の五瀬命の言霊と同じく、
太陽の光を背にしていたことでしょう。
これで、終わり、と思っていましたが、
兄師木(えしき)、弟師木(おとしき)という兄弟が率いるものたちが現れてしまいます。
言葉で配下に入ることを交渉しても、まったく耳を貸しません。
伊波禮毘古たちは、この那賀須泥毘古との闘いで
もう疲れ果てて余力もなく食料もなくなっていたのです。
―次回へ
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