見出し画像

心のええじゃないか

(心のカタチより)

皆さまも聞いたことがある”ええじゃないか”は、東海地方の三河にある牟呂八幡宮が発祥の地と云われてます。その発祥についてはググっていただく事として、この”ええじゃないか”は、”なんでもええじゃないか”と云われもしました。

その”なんでも”には、人々の『こんなことやっても良いのかな』という心の妨(さまた)げに対してもあったとかなかったとか。

人々の心の妨げには意外と多くの自分ルールがあったりする。それはやってはイケないと思い込んでいる。それをやっても良いのかと止めている。それってだめでしょ。と、自分のこころを妨げる幾つものルールのことです。

そんな事でも世の中にはやってみないと分らない事があります。それでも頭でああだこうだと考えてしまう内に感情が湧き自分自身を止めているのです。そんな事の中に自分の負を思い込ますルールが何も出来なくさせるのです。

自身が悩み苦しむ内に頭の整理がつかなくなり、時には自身を無くし、時にはパニックとなり、時には慈念の念に陥る事もある。『自分はダメな人間だ』とか、『自分は必要ない』とか、『居なくなった方がいい』など、負の思いが次第に積もり”幸せ”を感じる事に勝ってしまい”答えのない迷宮”へと引き込むのです。

”ええじゃないか”

何故、人は、そこまでして自身の心を落とし込むのか。どうしてそんなにもして自身の心を責めたいのか。そんな事はないはず。本人は”幸せになりたい”だけなはず。

ならば、”ええんじゃないかな”。

そこまで自身が心に重く思わせたのなら”もう、ええんじゃないかな”。ひとには”開きなおる”という言葉があます。自身がどうしようもない状態なら、精一杯考えやれる事をしたのだから、その時は『もう逃げれば、ええんじゃないかな』がある。

自分自身を良く見える所までこころを逃が(かいほう)し、一息ついてから振り向き”眺めれば、ええんじゃないかな”。

何故そこまでして何にしがみついて逃げようとしなかったのか。何故そこまでその”悩み”を大切にするのか。自分は何を護ろうとしているのか。それら解らないのなら、それが逃げるタイミングです。

一旦、自身の心に聞いてみるといい。自分が何にしがみついているのかと。人との関係?仕事での役目?お金の悩み?自身の身体のこと?。。。それを辞めたらどうなるのか。それは、いろいろな事が起きるかも知れないが、こころは少なからず”楽”となる。

”ええんじゃないかい”

一歩下がったところから自分自身を見つめ直す場所に逃げても”ええんじゃないかい”。自身が悩んでいる事から逃げても”ええんじゃないかい”。もう十分に自身の心を責めたのだから”もう、ええのです”。

それを本当にするかしないかは別として、そうなっても”ええ”とこころに余裕を創るだけで充分こころは”楽”を感じられるのです。

”そうなった時はそうなった時で、ええじゃないか”


死にたいと一度でも思った時があるのなら
”ええじゃないか”でする事など
大した事でないのです。

#心のカタチ #こころのカタチ
#こころの余裕 #心の余裕
#こころを知らない #心を知らない
#こころは感じるもの
#心を習ってない
#心は自分のもの
#感情を湧かす
#心に振り回される #心が囚われる
#感情に振り回される #感情に囚われる
#こころ #心 #気持ち #感情 #幸せ #不幸
#心の病 #心の負担
#気持ちのままに
#心の価値

#ええじゃないか
#自分ルール
#死にたい
#楽
#心の妨げ
#自分はダメな人間だ
#自分は必要ない
#居なくなった方がいい
#パニック

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?