自己満足はダメなのかを考えていたら、子供が愛おしくなってきた話
先日、車を運転していたところ、見慣れないエンブレムの車が走っていました。
円の中に大きなBのマーク、そしてその円には大きく広げた翼が描かれていました。
そのマークを検索してみたところ「ベントレー」のマークなんですね。なんと、価格は安くても2000万円以上!いやはや、なかなかお目にかかれない高級車。地方ならマンションが買えちゃう。
「でも、高級車って自己満足の世界だよなぁ…」なんて、少々の僻みを感じながらその姿を思い出していました。
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そうしていたところ、またある日、妻が言った言葉をふと思い出しました。
私の妻は、今いる職場でいわゆる中間管理職の立場にいます。その中で部下や後輩の相談に乗る機会もあるそうです。
ある日、経験が5年目くらいの比較的若いAさんと話すことがあったそうです。
話の内容は、入って2年目のBさんが職場でなかなかうまく動けていないことに対して、Aさんが不満を感じているという訴えを、うちの妻にしてきたとのことでした。
その中で妻としては自分なりに、Aさん、Bさん、両者の立場を踏まえながら、アドバイスをしたとのことでした。
そのアドバイスを受けたAさんのリアクションは、正直なところ、今ひとつだったようです。妻としても少々ガッカリしたとのことで、帰宅してから「なかなかうまくいかないねー」と、ちょっと愚痴を私にこぼしていました。
ところが、しばらく経ってからその若い職員さんが報告してくれたそうです。
「前に教えてもらったことを心がけたおかげで、Bさんとうまく話ができました!」
それを聞いた妻が帰宅してから、嬉しそうにその話を教えてくれました。でも、最後にこう付け加えたのです。
「でも、ただの自己満足なんだけどねー。」
つまり、Aさんにアドバイスをして、AさんBさんを含めて職場の雰囲気が良くなるためにアクションを起こし、しかもそれが無事に実を結んで感謝をされたという事実はあります。
ですが妻としては、それは感謝されるような大したことではなく、単なる自己満足としてやっただけというニュアンスでした。
感謝された、認められたということを素直に受け取らず、謙遜、さらに言えば自己卑下から発せられた言葉だとは思いますが…これってもったいないと思いません?
そして「自己満足」って、そんなに悪いことなんでしょうか?
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おおよそ「ただの自己満足」と表現されるときというのは
・自分の行動を謙遜し、卑下するとき
・相手の行動に対して、ひがんだりやっかんだりしたとき
なんじゃないかなーと思います。つまり、大体はあまりいい意味合い、良い文脈では使われないように感じます。
近い意味の言葉としては他に「独りよがり」「独善」、さらには「自己中心的」とも言えるのかもしれません。
でも、自己満足ってそんなに悪いことなのでしょうか。
自己満足という言葉の意味を見てみると
”これは人間が行動を行った場合に、その行った行動に対して自分自身が満足をするようなもののことを言う。ここで自分自身が満足しているのは、客観的評価に関係なくされているということである”
(Wikipedia「自己満足」より)*太字は筆者
とあります。
なるほど、相手の反応や客観的な評価によらず、自分自身が満足をすればそれでOKという考え方ですね。これはとても大切な視点であり、多くの人があまりできていないことではないかな、と思います。
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さらにこの記述の後をみると、以下のようにも書かれています。
”人間が行為を行う場合に、それが自己満足に終わらないように注意を促されている場合がある。たとえばボランティアなどといった活動というのは、それには社会に貢献をするという理念を持った上で行われるということであるが、実際にはそれが自己満足に終わっているという事例が指摘がされていることがある”
(Wikipedia「自己満足」より)*太字は筆者
なるほど、人が何かをするときには単なる自己満足で終わるのではなく、相手のため、社会のために何かをしなければならないというわけですね。
言いかえれば、自分がOKだと思うことをするだけではなく、相手のために、社会のためにもなることをすべきだ、ということですね。
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私が好きな考え方に ”三方よし” という考え方があります。
元々は「売り手よし、買い手よし、世間よし」と、近江商人の中で大切にされていた商取引における理念とのことですが、私も情報発信をする際にはいつもこの「三方よし」を意識しています。
その意味でも、確かに自己満足で終わらないことを心がけるということは大切かなと思います。
でも…多くの場合、「自己」を「満足」させずに、相手のことばかり考えてしまったり、まわりのことを優先させすぎてしまってはいないでしょうか。自分自身を否定してしまっているのではないでしょうか。
私の妻の例でも、自分が行ったことで相手にも職場内にも良い影響があったにも関わらず、それをわざわざ「単なる自己満足」と矮小化させてしまってますよね。
これって本当にもったいないなーと思います。
自分ができたこと、やったこと、得られた成果、まわりからの感謝など、そうしたことはもっと素直に受け取ったらいいと思うのですが、どうでしょう?
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確かに、自己満足で終わってはいけないかなと私も思います。自分がいいと思うあまりに、まわりの迷惑を考えずに振る舞ってしまってはいけません。
でも多くの場合は「自己満足はダメ」と考えるあまりに、「自己否定」「自己卑下」「自己矮小化」になってしまっているのが現状ではないでしょうか。
だからまずは自己満足でも、せめて自己満足でもしてみてはどうでしょうか。
いつも「世のため、人のため」に生きる必要なんてありません。もっともっと、自分自身が満足し、満たされ、自分自身が嬉しくなったり心地よくなるためのことをしていけたらいいと私は思います。
それこそがまさに ”もっと人生を楽しみたい” という私の理念にも合致する生き方です。
ぜひもっと「自己満足」…自分自身が満たされ、満足するようなことを増やしていきたいなーと思います。
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ここからは余談ですが、そんな「自分が楽しいことをする」と考えていたら、5歳の次男のことが頭に思い浮かんできました。
子供って自分の欲求といいますか、感情に素直ですよね。まさに「自分が満たされること」をシンプルにやっているわけです。
先日も保育園からの帰り道、次男と私とで二人で並んで信号待ちをしていたところ、突然「大好きー」っていいながら私の足に抱きついてきました。
「こんなところで」と苦笑しながらも、子供の素直な愛情表現、とても嬉しくて可愛らしくて、愛おしくなります(親バカ)。
ある意味、まわりのことなんてお構いなしに、素直に自分がしたいと思った行動をとっている、まさに自己満足の世界ですよね。
でも、それでいいのかな、と思います。
もちろん私たちは大人なので、欲求のまま、本能のままに行動してはいけません。その行動を取ることで、誰かが傷つくようなこと、迷惑を被るようなことはすべきではありません。
それを踏まえた上で、もっと自分が満足する、自分が心地よくなる、自分が満たされることを積極的にすることは、大切なことだと思います。
謙遜し、自分を下げ、矮小化させる必要なんてありません。
もっともっと「自己」を「満足」させてあげることを意識して、日々の生活の中で増やしていくことで自分自身がいい気分で過ごせたら、それは結果的に相手にとってもプラスになることが増えるでしょうし、ひいては世間のため、社会のためにもなりますよ!
✅この記事のまとめ
自己満足バンザイ!
自分を否定せず、もっと自分が満たされ、心地よくなることをしよう👍
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