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○日本語教育・日本語教育学評論

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日本語教育と日本語教育学などで折々に感じたことを発信しています。
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2021年10月の記事一覧

教えるという授業観(teaching as instruction)と、言語活動という授業観(teaching as interaction)

 短く書きます。  優れた教育実践を創造するために根源的に重要な視点として、teaching as instruction(教えることとしての授業)vs.teaching as interaction(言語活動としての授業)というのがあります。これはnote(https://note.com/koichinishi/n/na049d2311a90)でも言及したように、Ellisが1980年の本(Instructed second language acquisition)で言

主体的に考えることは、そのまま「主観的」ではない!

 9才から14才の5年間プラハ(チェコ)で過ごし、現地のエリート学校に通い、後にロシア語同時通訳、エッセイスト、小説家となった米原万里さん(-2006)のエッセイの一節から考えたこと。 <○×式や穴埋め式のテストに初めて接して>  初めてこのタイプの出題に接したときは、正直言って、嘘じゃないか、冗談じゃないかと思った。無理もない。それまで5年間通っていたプラハの学校では、論文提出か口頭試験という形での知識の試され方しかしていなかったのだ。 「鎌倉幕府が成立した経済的背景につ

母語話者言語教育者の強み(20211009)

 先に、英語の先生のことを書いたので、こんどは日本語の先生のことについて書きます。  日本の英語教育者は典型的な非母語言語教育者で、日本語教育者は典型的な母語話者教育者です。(この指摘の詳細な内容は省略。読者のほうであれこれ思いをめぐらせていただければ。) 日本語教育者は母語話者言語教育者であるがゆえに、「日本語話者ならだれでも日本語を教えることができるんじゃないの!?」という何とも「失礼な言葉」をしばしばあびせられます。また、「先生は、英語や中国語ができるんですか。授業は英

専門職の条件 ─ 「日本語教師」?or「日本語教育者」!?(20211006)

 taeko nさんが、Twitterで、ブログサイトの記事「自分たちの仕事の未来は、自分たちで決めていくほかはない!? ─ どんな条件でいかに働けるか」は「闘いの歴史」なのである」「http://www.nakahara-lab.net/blog/archive/13398 を紹介しています。(taeko nさん、ありがと。) 同記事では、どんな専門職でも「最初から「専門職」として認知された職業はありません」と指摘して、専門職の条件を以下のようにまとめています。 ■専門職

「場面」というヌエ(鵺)(20211003)

 「場面」というヌエ(鵺)が今でも日本語の教師たちの界わいで生き残っているようです。  「場面」というものについては、ぼく自身はもう40年前から「ヌエだ!」と言っています。(日本語教育には、ヌエがいっぱいいますが!) そして、1995年に書いた教授法の本で、このヌエの正体を曝くべく、取りあえず7種類に分類しています(『日本語教授法を理解する本』のpp.42−46)。しかし、その段階では、このヌエの正体を正確に曝くことはできていません。でも、最近、ようやく正体を捉えることができ

教師に必要なunlearning(学びほぐし)(20211003)

 日本語教育が優れた実践を創造できない重要要因となっているのは、疑問を挟まれることなく「オーソドックス」に行われている授業と、「神秘主義」と言ってもいいようなオーソドックスのドグマです。『新次元』で筆者(わたし!)が語っていることは、実は「新たに何かを学ぶ」ということではなく、「フツーに考えるとこんなふうになるんじゃない!」ということです。それは、新たに学ぶ(learning)ことではなく、「(日本語教師、旧来の日本語教育界の)「常識」について、改めて問いかけて、これまで信じ

ずっと「急場しのぎ」を続ける!? ─ 初級日本語教育を「蝕む」文型・文法事項中心の教科書とそれにしがみつく教師(20210929)

 表現活動中心の日本語教育を勉強しても、一方で、「困った現実」は続いています。文型・文法事項積み上げ方式の教科書に基づく「授業」の要求です。そして、その「現実」に少しでも対処しようとして、「即座に教科書を変更することができず、文型積み上げ式の教科書で授業を行わなければならない場合、どのような工夫をすれば習得の促進につながるか」と考えます。  表現活動中心の日本語教育を勉強した人が、そこで学んだ視点や原理や方法なども参考にして「少しでも学生のためになる授業をしたい!」と思うのは

バフチンは、一方で制度への参入を言い、もう一方で制度からの自由・解放を言っている!(20210914)

 昨日のシンポジウム(『思考と言語の実践活動へ』(ココ出版)出版記念シンポジウム)での一つのご指摘から。  「バフチンは、一方で制度への参入を言い、もう一方で制度からの自由・解放を言っている!」との指摘がありました。これは、何とも言い得て妙です。  わたしの本(西口(2013)や西口(2020))や表現活動の日本語教育では、どちらかというと、ことばのジャンルに注目して、制度への参入のほうが強調されている風情があります。この部分は、なかなか微妙です。  表現活動の日本語教育で

「教科書が悪い!」?(20210908)

9月7日 村上吉文さんTwitter​  『みんなの日本語』は「自発的なアウトプットが一切ない」という致命的な欠点があります。少なくとも人とコミュニケーションする力を育てるには致命的です。使う人が悪いのではなく、この教科書に内在する問題です。 同日 西口Twitterレス  教科書ではなく、その教科書が生まれるもとになった教育企画が問題なのだと思います。そして、『みん日』の背後にある教育企画は、教師を(言語事項に)束縛する教育企画です。 同日 西口facebook発信

『Why the world does not exist』は『なぜ世界は存在しないのか』と訳したら、あかんよー。『なぜただ一つの世界は存在しないか』だよー ─ ガブリエルの新しい実在論(20210906)

 以下、拙著『ことば学』p.155からの一節。 グッドマンは、わたしたちの生活世界や社会の現実に始まり、文学や歴史や宗教にとどまらず科学も、そして音楽や絵画などの芸術もすべて、言語やその他の記号や象徴手段を媒介としてわたしたちが作った世界であると言う。一方、ガブリエルは、すべてを包摂する世界(the world)というようなものは決して存在し得ず、わたしたちにあるのは、各々の文化、宗教、学術研究などの観点で構成されるさまざまな世界だけであると言う。ガブリエルによると、そうし

それってbusiness communicationじゃないでしょう!(20210830)

 20210829発信の「assertionのすすめ」は、学会という本来相互にasseertするべき場に、「村で物事を決めるときの仕方」を持ち込んでいるのだと思います。 そして、会社などでの会議や、日常的な職場でのコミュニケーションの仕方などにも「村の仕方」が侵入している気がします。  本来であれば、business communicationであるところが、「村のコミュニケーション」になっているのです。ちなみに、business communicationとビジネスコミュニ

メルロ=ポンティ論からの「さざ波」 ─ 野生の勘と優れた知性、そして反骨精神(20210831)

 メルロ=ポンティの思想の核心は心身一元論です。心身一元論では、学問等をする場合でも「心身一元で考えろ!」となります。  わたしたちはみんなフツーに言語を使って人として生活することを運営しています。言語は、わたしたちに染みついていると同時に、わたしたちはそれを自在に用いています。また、わたしたちはそうおうに人類の歴史を勉強しているので、原始の時代の人間の暮らしやその中でのことばを仲立ちとしたさまざまな活動に思いを馳せることができます。さらに、多くの人はは第二言語や第三言語を学

ALCEの研究集会に参加して ─ 学会や研究会でのassertionのすすめ(20210829)

 今日、ALCEの研究集会に参加しました。(わたしは、「メルロ=ポンティでときめく!?」という話題提供セッションをしました。)  土日2日間の最後は、「私と学会の関係を捉え直す ―トキメイテ学会参加するために―」というワークショップでした。このワークショップでは、学会に類似した「今どきの」形態としてオンライン勉強会が注目されていました。ワークショップのコーディネータの一人の両角さんは、「学会とオンライン勉強会は、別種のものだ。目的がちがう」という意見をおっしゃっていました。わ

成長したい先生の成長を阻んでいる要因(20210818)

 一定の経験を積んだ真摯な先生の多くはもっと成長したい、すなわち、成長する仲間といっしょに、より高度な専門職となり、優れた教育実践をしたいと思っています。そんな先生たちの成長を阻んでいる要因は何でしょう。  「すなわち」の後ろをよく見てください。3つの要素があります。 (1)成長する仲間といっしょに (2)より高度な専門職となり (3)優れた教育実践をしたい(>「いい授業をしたい!」) の3つです。以下、「分析」です。 1.「成長したい」と思っている先生の関心が(3)の