見出し画像

『散文詩あるいは物語詩』林の奥の野外ステージで

街外れの、林の奥の野外ステージで、遠目にモイラ・シアラーな少女が、薔薇色のチュチュを身にまとい、同じ真っ赤な風船を左手に持って踊っている。ステージの下手では俯きがちに、ポークパイハットに茶色い革のベストの男性が、操られるようにバイオリンを弾いている。時折舞台の下を行ったり来たりしながら、エプロン姿の白い髪の女が、先の細い如雨露じょうろで舞台に水を撒くしぐさをする。けれどよく見ると、撒かれているのは水ではなく、美しい、真っ青なアスターの無数の花びら。花びらは上手から下手まで、舞台の手前に平らに積もり、そのせいでモイラ・シアラーは、あたかも水面で踊っているかのよう。


アスター/イメージ


階段状の客席の最上部に腰を下ろすと、かたわらに下ろしたリュックを探り、僕はトランプを入れ忘れてきたことに気づく。これでは占いができやしない! 未来はいつだって半透明のゼリー状で、見えない部分が多すぎるので、トランプを透かして見通すことさえ難しいというのに。
仕方なく僕は諦めて、何も書かれていない、古い呪術書に似た表紙の、分厚い日記帳を膝の上に開く。たちまち白紙のページに五線が浮き上がり、その上で、赤いチュチュの小さなモイラ・シアラーがくるくると、発条ぜんまい仕掛けのように回り出す。驚いて僕は舞台に目を向ける。そこでも少女は真っ赤な風船を左手に、一心不乱に踊り続けている、その足元で、風もないのに真っ青なアスターの花びらがいっせいに動き始め、不意に大きな波のように高く舞い上がる。バイオリン弾きがうるさそうに、弓を持った手でそれを払う。鳴り止んだ曲が舞台の上に、アスターの花びらと一緒にばらばらと落ちる。


少女に日記帳のページを見せたくて、僕は客席を小走りに駆け降りる。エプロン姿の髪の白い女が何人も、待ち構えるように舞台下に立ち塞がって、僕を押し留めようとする。女たちに遮られながら、僕は少女に見えるように、息せき切って急いでノートのページを開く。
少女は僕に気づいたろうか? 無心に赤いチュチュを翻して踊りながら ⎯⎯


とたんにページから噴き上がったたくさんの音符が雨のように、少女の上に降り注ぐ。ああ何ということを、僕はやってしまったことだろう!
払いのけようとした少女の手から風船が離れ、林の梢のずっと高みへ、小さく赤く、次第に吸い込まれていってしまう。ただ黙って惚けたように、ぼんやりと、僕は風船を見送り続けた・・・


刹那的な時が流れ、林の奥の、野外ステージ客席の階段の上で、一冊の写真集を僕は膝の上に開いている。ページの中で、アスターの花びらのような真っ青な照明が、寂しげにステージを照らしていて、踊り子が踊っていたと思しきあたりだけ、白々しらじらと、空ろに踊り子の形に繰り抜かれている。ふと写真集から顔を上げて、僕はステージに眼を向ける。黒く汚れの目立つ古びたステージの舞台下には、白い姫女苑ひめじょおんがはびこっていて、もう長いこと、そこが使われていないことを物語っている。


写真集をリュックに仕舞い込んで、僕はひっそりと立ち上がる。やがて、林のさらにずっと遠くから霧雨が、梢を静かにやってきて、客席と、僕の心を濡らして過ぎる。




何の話やら自分でもわかりません。ただ思いつくままに・・・というより、両手が勝手にキーボードを打ちつけて、ストーリーを綴っていったような感覚です。物語のような文章は、たいていそんな感じです。
最初はちゃんと行替えをした詩のかたち ⎯⎯ 例えばこんな具合に ⎯⎯

街外れの
林の奥の野外ステージで
遠目にモイラ・シアラーな少女が
薔薇色のチュチュを身にまとい
同じ真っ赤な風船を
左手に持って踊っている

綴っていったのですが、出来上がったのを見て、どうもこれは違うような気がしました。普通の形にするか散文詩にするか ⎯⎯ 自分の中では印象の違い ⎯⎯ によるものだけれど、説明せよと言われるとよくわかりません。何となく、こっちのほうがいいんじゃね? と言ってしまうといい加減ですが、感覚としてはもっと深いところでの差異を感じているのは間違いないところなので、今回は散文詩にしてみました。ますます

になってきましたが、お気になさらずに。

ところでモイラ・シアラーは、映画「赤い靴」で有名なスコットランドのバレリーナで女優さんです。映画そのものは見ていませんが、名前はずっと以前から知っていました。こんなところに「赤い靴」の予告編があったので、よければご覧ください。




今回もお読みいただきありがとうございます。
他にもこんな記事。

◾️辻邦生さんの作品レビューはこちらからぜひ。

◾️詩や他の創作、つぶやきはこちら。

◾️大して役に立つことも書いてないけれど、レビュー以外の「真面目な」エッセイはこちら。

◾️noterさんの、心に残る文章も集めています。ぜひ!


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?