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『散文詩あるいは物語詩』真っ赤なピックアップトラックと絵本専門店

その真っ赤なピックアップトラックは、お店の入り口を塞ぐように、堂々とその場所を占拠している。13代目フォードF150。6m近い、顔のでかい図体は邪魔で仕方ないけれど、お店の敷地内だから文句を言う人は誰もいない。ただ入り口との間が狭過ぎて、お店に入るのがちょっと大変。せめてもう少し離したら、そうオーナーに言ったことがあるけれど、商品の仕入れに使うからできるだけ近いほうがいいとオーナーは言う。そのくせ、その場所にトラックがなかったためしがない。トラックはお店のランドマークでもあるのだ。


40近い無精髭のオーナーは、細身で背が高くてお喋りだ。書店の店主というよりは、どちらかと言えば哲学者みたい。早い話、仕事ができるようには見えない。ましてここは絵本専門店。
絵本のお店って素敵よね、わたしが言うと、あんたがおもってるほど甘いもんじゃない、にこりともせずオーナーは言う。力仕事だし、四六時中アンテナを張ってなきゃならんし、何より子どもが減る一方だ。しかもおれが売りたい本と母親が買いたい本とのあいだには、長江の幅より広いギャップがあるしな。
長江の幅がどれくらいか、わたしは知らないけれど、その割にはオーナーは毎日楽しそうだ。鼻歌なんか歌いながら、さほど広くもない店内を巡っては、本を入れ替えたり、子どもに声をかけたりしている。ただ子どもが走り回っていると、本棚が揺れるほどの大声で怒鳴る、ここはトラックじゃねえ! それから小声で、トラックはオモテのやつでたくさんだ。


ところでこのお店には秘密がある。あのでかいピックアップトラックがあるのも実はそのためだ。三月に一度、満月の夜に、オーナーはトラックで出掛けてゆく。そのことをわたしに教えてくれたのは、本気で絵本のお店がやりたいと、わたしがそう考えてることを、オーナーがわかってくれたから。


オーナーが<畑>と呼んでいるその場所は、トラックで2時間ほどのところだそう。ただ、正直そこへゆく道を知っているのは、真っ赤なピックアップだけなのだそうだ。それについて、わたしは口を挟むつもりはない。哲学者なオーナーが言ってるのだから、嘘なんかとは違うのだ。


その広い<畑>に着くと、土地の隅に建っている、プレハブのような事務所にオーナーは声をかけ、それから<畑>の中程に車を寄せる。まるで葡萄棚のような棚がずっと奥まで、ある一定の間隔をおいて建てられていて、どの棚にもまんべんなく、満月の白い光が降り注いでいる。それが重要なのだそうだ。
車を降りて、オーナーは台車に四角い籠を乗せて棚の下に入ってゆき、棚を覆うように、ざっくりと編まれた網の目のような蔓から下がっている、大きな⚫︎の重さを確かめる。そして、しっかり<熟した>やつを選んで、慎重に、蔓を傷めないようにもぎ取ってゆく。もぎとった⚫︎は順番に、丁寧に籠の中に重ねられ、オーナーは、籠がすっかりいっぱいになるまでジグザグに、棚の下を何度も行ったり来たりして、夜遅くまで作業を続ける、西の空に、月が傾き始めるあたりまで。
そうして作業を終えて籠を積み込み、<畑>の入り口までトラックを回して事務所に声をかけると、今度は決まって白髪頭のお婆さんが、皺のない、丸い柔和な顔でにこやかに言うのだ、よろしくね、と。
オーナーは車を走らせて(いやむしろ、ピックアップトラックに乗せられて)、夜が明けないうちに帰ってくる。そして、お店ぎりぎりにトラックを寄せ、台車と籠を下ろしてお店の一番奥へ入ってゆく、滅多に人に見せることのない、白い壁のその向こうへ。


あんたに見えていることは知っていたよ、そう言ってオーナーは一度だけ、わたしを壁の奥に入れてくれた。お店の一番奥まったところ、本棚に隠された壁の一角にオーナーが触れると、ゆっくりと吸い込まれるように壁が消えて、代わりにそこにあったのは、見上げるような本棚が、奥までずらりと並んだ隠し部屋。ぽかんと口を開けて本棚を、下からずっと見上げてゆくと遥か上の方は、次第にグラデーションのように薄まっていって、その先に、ほんの少し黄色がかった、春のような明るい青空が広がっている。驚いて、オーナーの横顔にわたしが眼を向けると、まさに哲学者な、悟りきったような髭面でオーナーが言った、そこまで見えたのはあんたが初めてだよ。


台車に籠を乗せてずっと奥の方へ入ってゆくと、空いた棚に、オーナーは<収穫物>を並べ始める。そう、それらはみんな絵本なのだ。あの<畑>のお婆さんが、ひとりでずっと⚫︎⚫︎⚫︎いるものなのさ。絵本を育てている? ああ、若い頃からずっとね。おれはこの店もあのお婆さんも、おれの親父から受け継いだんだ。ここにある絵本はみんな、親父の代から収穫してきたものだ。ここに来る子どもたちが成長して、自分が読みたいとおもうようになったとき、子どもたちの<思い>に合わせて扉が開く。子どもたちが何を読むのかは、おれは知らない。明るい絵本や、楽しいお話ばかりじゃないよ。戦争で息子さんを亡くしたときも、親父は収穫に行ったそうだが、そのときのやつはホント暗くて、思わず返したくなったそうだ。でもそんな絵本だって、いずれは必要になる子どもがきっといるし、そうでなきゃならんと、親父はそう考えてそれを持って帰ってきた。今でもそれはここにあるよ。どの辺にあるかは、おれは知らないけどね。見たいとおもう子のために、この扉が開くんだろうな。たぶん、あんたもそのひとりなんだろうな。
ここに入った子はいるの? わたしの問いかけに、いたよ、何人もね。他人事のようにオーナーは答える。でも、おれは付きっきりじゃないしね、それに ⎯⎯ お代はその子の好奇心だから。


何も言わず、わたしはオーナーに続いてその<部屋>を出た。わたしが自分で読みたくなったらそのときは、今度はひとりでここに来ようと、そう心に決めて。
お店を出るとき、思いっきり邪魔をしている真っ赤な13代目フォードF150の側面を、バンバン叩いてわたしは聞いた、これもお父さんのお下がりなの? オーナーは怒ったふうに声を荒げて、ンなわきゃないだろ、おれがこいつを買ったんだ。なぜ怒るのかわからないけれど、じゃあ、この子があの<畑>を知っているのはなぜ? 
それは聞いてはならないと、わたしはすぐにそうおもった。それを聞いてしまったら、もうここへは来られなくなる、それこそなぜだかそんな気がした。


フォードF150/DONGWON LEEによるPixabayからの画像




絵本専門店。僕が若い頃、ちょうど落合恵子さんがクレヨンハウスを始めたあたりから、絵本専門店はそれこそ雨後の筍のように流行しましたね。個人で始められたところが多くて、ほとんどは採算が取れなくて、すぐに閉めてしまいましたけど。子どもの本なんて、もともとそんなに儲かるものでもなかった。まして絵本です。今でこそヨシタケシンスケさんとか、ベストセラー作家がいらっしゃいますけど、一度に何万部も売れるようなものではないですからね。

それでも、絵本専門店は好きです。上の詩で、自分で「大変だぞ」みたいなことを書いておきながらこう言うのも変だけれど、夢があるじゃないですか、やっぱり。絵本作家になったらここに並べられるかな、なんて、デザイン学校にいた頃には少しは考えたこともありました。

絵本専門店とピックアップトラック。不釣り合いなものを取り合わせるのも好きですね。そこからイメージが広がってゆく。あるいはどう広げようか、考えるのも楽しいです。

たびたび #なんのはなしですか 、 でごめんなさい。




今回もお読みいただきありがとうございます。
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