2023年5月の記事一覧
岩波書店『定本漱石全集』注解を校正する187 夏目漱石『明暗』をどう読むか36 淡白に読もう
彼女は嘘を吐いた
お延の嘘が嘘だと解った瞬間、では本当とは何だったのだろうと考えさせられる。
お延はお金をもらうために芝居に行ったのではなかった。新しい帯を着て芝居に行きたかったのだ。芝居は見合いを兼ねていた。ついでに岡本の家に行って、たまたま小切手を貰ったのだ。
たまたま?
改めて思い出してみれば、それはいささか奇妙なことではなかろうか。そもそも何故お延は小切手を貰ったのだろうか
岩波書店『定本漱石全集』注解を校正する186 夏目漱石『明暗』をどう読むか35 清子はただの「元カノ」ではない
昨日はお秀の大演説が単なる兄妹喧嘩ではないという話を書いた。実際漱石はやはり偶然とか因果ということを考えながら書いている。
意外以上の意外に帰着した
お延には「それが偶然の廻り合せのように解釈されるだけであった」のだが、指輪のことを念頭に置けば、必然的なことでもあり、小林に引き留められてなんだかんだあってのことまで含めて考えると、偶然なのか必然なのかよく分からない出来事なのだ。
漱石は
岩波書店『定本漱石全集』注解を校正する185 夏目漱石『明暗』をどう読むか34 しがらんでいく「私」
自分達さえよければ
翻訳された『明暗』を読んで、外国人の方々は大正時代の女性がかくばかりに大胆に議論をすることに驚くようだ。もっと慎ましやかにしていて自分を出さないという日本女性のイメージが覆るらしい。女性の職業はまだ限られていて、女性が男性に帰属していた生きていた時代なんだと考えてみると、やはりお延の大演説はかなり時代を先どったものである。
しかし津田の受け止め方、お延の呆れ、いずれも違
岩波書店『定本漱石全集』注解を校正する184 夏目漱石『明暗』をどう読むか33 そんなことを言うはずがない
秀子さんのおっしゃる通りよ
互いに自律した三つ主体が、会話という相互行為の場において、しぐさや表情、言葉の抑揚などを駆使して、それぞれの目的を達しようとした時、主体は互いに牽制し合い、自律性を制限されていくことがある。
と、漱石は実地で示している。理屈は捏ねない。少なくともお延はお秀と正面からぶつからないように上辺だけ調子を合わせることによって、その非論理性を津田由雄に突き崩させ、間接的に
岩波書店『定本漱石全集』注解を校正する183 夏目漱石『明暗』をどう読むか32 そうでないならなんなのか
一種の意味から余儀なくされる
言葉が解らないという時、その言葉の意味を知らない時もあれば、言葉そのものは分かるが言い回しにおいて意味が解らなくなるという時もある。この「一種の意味から余儀なくされる」もそういう意味では解らない言葉なのではなかろうか。
ここは津田の考えである。ここを、
・お延は「私などよりも嫂さんを大事にしています」というお秀の言葉を聞いているので、少し改まった言葉づかいを
岩波書店『定本漱石全集』注解を校正する182 夏目漱石『明暗』をどう読むか31ホイホイの罠ではなかったが罠として機能するかも
よく病気をするのは、するだけの余裕があるからだよ
二十八章にあったこんな馬鹿々々しい会話は、案外真面目なものかもしれない。
人間の体には様々な菌が共生している。どんなにご立派でご清潔でも完全体というわけにはいかない。病名がつくかつかないかは別にしてどこか偏っているものだ。余裕がないと病気にならないかどうかは別にして、余り閑だと病気になるかもしれない。
逆に満身創痍の漱石は「なんでおれは
岩波書店『定本漱石全集』注解を校正する181 夏目漱石『明暗』をどう読むか30 少しは真面目にやろう
あるいは萩原朔太郎の言うところの「小説といふものはだらだらして、くだらないことを細々と書き立てるので」という批判はほとんどすべての長編小説には当てはまるかもしれない。短篇小説と長編小説では言葉の密度が違う。初期村上春樹作品などで比較すると明らかに書き分けている感じがある。川端康成や三島由紀夫などが例外かもしれない。『奔馬』など言葉の密度が高すぎて読んでいるとかなり疲れる。
ところで夏目漱石作品
岩波書店『定本漱石全集』注解を校正する180 夏目漱石『明暗』をどう読むか29 大げさに言っている訳ではない
私は別に誰かに喧嘩を売っている訳でも無いし、岩波書店を馬鹿にしているわけでもない。しかし本当に残念なのだ。
こんなに嚙み合わないことがあるのかというくらい嚙み合わない。例えば、
こういう間違いはしばしば起こりえることだろう。ちょっと勘違いしていました、で済む話だ。旅順ではなくて奉天ね、で済む話だ。
また、「牡蠣の如く」なんて言う比喩の解釈も、まあ勘違いすることもあるだろう。よく読めば
岩波書店『定本漱石全集』注解を校正する179 夏目漱石『明暗』をどう読むか28 パラレルワールドでは校正は難しい
世間は自分のズボラに適当するように出来上っていない
これは又世界の成り立ちの不思議なところかもしれない。
悪いのはどう考えても津田由雄なのだが、いつの間にか堀がズボラよばわりされている。要するに津田が約束の履行をすれば何ともなかったことなのである。約束の履行をしなかった津田が悪い。しかしどういう了見か話者は口利きをした堀の方に責任があるように書いている。
まあ津田はそもそも自分がどう
岩波書店『定本漱石全集』注解を校正する178 夏目漱石『明暗』をどう読むか27 肛門と連絡されるお延
変な感じ
岩波はこの「手術後局部に起る変な感じ」に注解をつけて、
という日記を引く。
いやいやいや。
そういうことではなくて。「この変な感じとお延との間にどんな連絡があるか知らなかった」、注解をつけるべきところはここだろう。ここに注解をつけないと。「この変な感じとお延との間にどんな連絡があるか知らなかった」って一体旦那の肛門と女房が連絡しなければならないのかというところではなかろう
岩波書店『定本漱石全集』注解を校正する177 夏目漱石『明暗』をどう読むか26 老けていると言ってはいけない
油を濺いで
小林が帰った後、お延は抽斗、本箱、戸棚の中に津田の秘密を探そうとする。しかしそこには怪しいものは見つからない。そして手紙が焼かれたことを想い出す。これが清子からのものならば、津田は結婚後も清子の手紙を持っていて、初秋のある日曜日、つまりそう遠くない過去にわざわざ油を灌いで焼いていたことになる。
如何にも怪しい。しかも絶妙のタイミングだ。
そしてもしこの手紙の束が清子からのも
岩波書店『定本漱石全集』注解を校正する176 夏目漱石『明暗』をどう読むか25 この人には勝てない
それにしても津田由雄も、秀子も、お延も、小林も、お金さんも、どうしたわけか実の親と縁遠い。たまたまそういう組み合わせなのだろうが、津田由雄もお延も叔父の世話になっている。このことは後で何か意味を持つてくるのだろうか。
例えば『道草』に描かれる健三の結婚式
これはなんともいい加減なものだった。健三の両親はすでに他界していたとしても、健三側からの参列者がいないのはいかにも寂しい。その実家から
岩波書店『定本漱石全集』注解を校正する175 夏目漱石『明暗』をどう読むか24 囚われ過ぎてはいけない
ああ見えてなかなか淡泊でないからね
これまで津田の過去・津田の秘密としては、
・小林とホモセクシャルな関係にあったこと
・結婚前には清子と交際していたこと
・社会主義者であること
・吉川夫人にコントロールされたいマゾヒストであること
・二重瞼が好きなこと
・ぽっちゃりタイプが好きなこと
・露出狂の気があること
……などを想定してきた。しかしこの下りをよくよく読み直してみると、お延しか知ら
岩波書店『定本漱石全集』注解を校正する174 夏目漱石『明暗』をどう読むか23 ここからどう盛り返すのか
昨日気が付いたこと、
・津田と小林は社会主義者と目されて探偵に尾行された→津田の読んでいたドイツ語の経済書とはマルクスの『資本論』なのではないか
……という辺りの発想は、「二人が深夜非常線にかかった」といったところだけではなく、例の「三四日等閑にしておいた咎が祟って」というところにも繋がってくるようにも思える。
それにしても最初はただ「洋書」(第五章)と書いてあったのでついつい英語の本か