ルチアン・ピンティリエ『Too Late』ルーマニア、手遅れでないと信じるすべての人へ

超絶大傑作。1996年カンヌ映画祭コンペ部門選出作品。ルチアン・ピンティリエ長編七作目。長い髪を振り乱しながらチェロを弾く女、地下鉄のホームへと降りていくエスカレーターに乗る男の後頭部、その男がカバンの中から取り出す剥き出しのダイナマイト、音のする方に入って血まみれになって出てきた鉱夫、トンネルに吸い込まれるように入っていく電車。まるで暗闇に包まれた出口のない地下迷宮に引きずり込まれるかのように、映画は辺境の炭鉱に到着する。1996年、見習い検事ドゥミトリ・コスタは鉱夫連続怪死事件の捜査のためにこの地に派遣された。現場の作業員は死因を過失と決めつけて責任をなすりつけ合い、責任者たちは今にも枯れそうな炭鉱の死を穏便にするために事を荒立てたくない様子で、くたびれた中年検事は全く歓迎されていない。くしゃくしゃのトレンチコートに身を包み、しかめ面のまま火気厳禁の地下部で煙草を吸い始める、古い時代の置物のようなハードボイルドさと執念深さで調査を進めるコスタの姿は、さながらノワール映画のようだ。しかし、お偉方の妨害行為も物ともせず真実を解き明かそうとする姿の裏側には、鼻の下を伸ばしながら地元の地質学者アリーナとイチャイチャするロマンスが配置されており、静と動の奇妙な対比がここに完成している。

くたびれた新米検事はやがて、かつての主力産業の街から国家の闇に直面することとなる。当時のイリエスク政権はルーマニア革命以後の資本主義流入に対して為す術もなく、加えてチャウシェスク時代の遺産を横滑り的に全て受け継いでいたのだ。もっと衝撃的な"炭鉱十字軍"についてはコチラの記事を参照のこと。つまり、換気扇を止めると窒息死してしまうような地下何百メートルの暗闇で働く彼らは、"石炭の価値が無くなるとともに価値が無くなる"人物として、限界まで搾取されおり、最終的に捨てられる未来まで見えてくる。"下へ闇へ"という冒頭の不穏な空気はそのまま階層構造として作中を貫く重要な要素となる。そして、元党員だった実業家という男が、娘の結婚式のためにヘリコプターを飛ばして招待状をばらまく醜悪なシーン(なんと、短編集『リュミエールと仲間たち』で登場したあのシーン！)では、地上と空という対比が加わり、構図としての階層構造はキチンと回収されてしまう。

コスタと同様、炭鉱の町に引きずり込まれて脱出できなくなった人物として、男女カルテットが"まだいたのか！"というコスタの同情と共に登場する。四人のうち紅一点のギルダだけは脱出してドイツへ向かったらしいが、残りの男三人はそのまま地元のカフェでバイトを始めるなど仕方なく馴染み始める。そして、脱出したはずのギルダも、おそらく冒頭のドイツ地下鉄駅で演奏する女と同一人物であり、地下世界から全く逃れられていないことが暗示される。ここで思い出すのは、コスタが"なぜこの街から出ていかなかった？"とアリーナに尋ね、"ドイツでトイレ掃除をするために？"と返される場面だ。地獄の底にいるような故国の現状を打開すべく外に出る…という選択肢は果たして正解なのだろうか。地質学者のアリーナや演奏会が開けるレベルのチェリストであるギルダでさえでさえそうなのだから、"石炭以外を知らない"人々はどうなるのかは明白だ。だからこそ、"手遅れでないと信じる全ての人"に捧げられ、誰も国外へ出ていかなくて良い国にすることを求めているのだろう。

セックスした後のコスタとアリーナが部屋で映画を眺めているシーン、全く同じ構図がラドゥ・ジュデ『野蛮人として歴史に名を残しても構わない』にも登場していたので驚いた。二人が観ているのは恐らくハリウッドのメロドラマなんだが、作品名までは分からず。

・作品データ

原題：Prea târziu
上映時間：106分
監督：Lucian Pintilie
製作：1996年(ルーマニア, フランス)

・評価：99点

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