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ルチアン・ピンティリエ『Reconstruction』"再構築"があぶり出す社会主義の闇

ルーマニア映画史上で最も重要な作品の一つ。監督ルチアン・ピンティリエは世界的にルーマニアを代表する映画監督の一人であるが、同時代の"黄金世代"と呼ばれる監督たちとは距離があったようだ。というのも元々は演劇出身だったからでブカレストのブランドラ劇場で総監督をしていた1960年から72年の間にはチェーホフやバーナード・ショーを上映していた。この時期のルーマニアと言えばチャウシェスク独裁政権時代なのだが、社会主義国でありながらソ連とは一定の距離を保つ政策と豊かな天然資源から独自の路線に舵を切った時期でもあり、西欧との交流もあったことから芸術面でもそれなりの自由はあったようだ。本作品はHoria Pătraşcu(読めない)の原作を基に1970年に製作された権力批判の不条理ブラックコメディである。

"再構築"と題された本作品は酔っ払って店に迷惑をかけた二人の学生VuicaとNicuを使って検察警察教師がアルコールの危険性を訴える再現映画を作るというモキュメンタリー風ドラマを主軸に展開される。お仕置きの域を完全に超えた権力の乱用によって若者の軽はずみな行動は幾度となくショットを重ねることで社会に晒され刷り込まれていく。検察警察それぞれを悪役と描かない部分にピンティリエ或いはPătraşcuの最強の悪意を感じる。特に検察が川辺の撮影に真っ白のスーツ着てくるとことか笑っちゃう。上手に検閲を回避したという印象を受ける。
店員のおじさんとの会話が興味深い。店員は若者にされた行動(頭を数針縫う怪我を負わされた)を許しているし、若者は反省しているがその場面をもう一度繰り返さなくてはならない。しかも"映画"にするために何度も繰り返さなければならない。ピンティリエは彼らが肩を組んだままの状態で放置し、撮影監督がリールを交換するイジワルな時間を用意することで"再構築"の本質的な恐ろしさを説いている。
また、終盤で冒頭のテイクが没テイクであることが提示され、映画内映画の二重枠を強烈に認識させる。これによって映画内で繰り広げられる事象があたかも現実に起こっていることであるかのような錯覚を与え、全体主義に運命を握られた二人の若者が他人事ではなくなる。このメタ的な違和感というのがどうしようもなく好きな人間からすれば堪らないシーンである。映画は撮影が原因でVuicaが亡くなるところで終わる。しかし、これが映画の終焉なのか映画内映画の終焉なのかは明かされない。
・映画の終焉→暴力が暴力を生むいつものやつ
・映画内映画の終焉→軽はずみの喧嘩で死んじゃった
ピンティリエによる悪戯がこうして我々の解釈を苦しめ続けるのだ。

事件に関係がない人間として謎の少女が度々登場する。自由奔放に振る舞う彼女は流入する西欧文化的な自由さの他に彼女が事件延いては他人に無関心である社会そのものを体現していると言える。大人の中で唯一まともと言える教師が学生たちの扱いに耐えきれずに涙するシーンを"あはは~"と笑いながら見ているのが印象的である。

原作者のもとに映画化の話が来た時、最初の監督はラドゥ・ガブレアだったが彼が西ドイツに移住したのをきっかけに白紙に戻り、二人目のリヴィウ・チューレイは原作の悲劇的な結末に難色を示した。三人目に回ってきたピンティリエはチャウシェスクの独身禁止法に抵触したと告発された友人でゲイの俳優が党員監視のもと無理矢理妻と性行為をさせられたことに怒り心頭であり、映画化の話を受けたとのこと。事実本作品は三回で上映禁止となり、ピンティリエは国外退去しか道がなくなってしまい、再発見再上映されたのはチャウシェスクが公開処刑された翌年1990年になってからであった。当時カンヌが監督週間に声をかけたらしいが秘密警察が握り潰したようだ。
1990年以降は『The Oak』や『Next Stop Paradise』などの作品を世に送り出している。これらもIMDbでの評価が異常に高い(基本的に8.0以上は傑作とみなせる)ので気になるところ。

全然知らなかったのだが、ピンティリエは今年の5月16日に亡くなっていた。ご冥福をお祈り致す次第である。ちなみに、今年金熊を受賞した『Touch Me Not』の監督アディナ・ピンティリエとの血縁関係はないらしい。

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・作品データ

原題:Reconstituirea
上映時間:100分
監督:Lucian Pintilie
公開:1970年1月5日(ルーマニア)

・評価:90点

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