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ルチアン・ピンティリエ『An Unforgettable Summer』大ルーマニア時代の闇の歴史

1994年カンヌ映画祭コンペ部門選出作品。ルチアン・ピンティリエ長編六作目。ペトル・ドゥミトリウの大作小説『Family Chronicle』の短編『Green Salad』を原作とした歴史絵巻。時は1925年夏、第二次バルカン戦争の結果、ルーマニアはこれまでブルガリアに属していた南部ドブルジャを領有することとなり、ルーマニア軍は当地で国境を守っていた。また、この頃のルーマニアは1919年に終結したハンガリー=ルーマニア戦争によってトランシルヴァニアの領有にも成功しており、二次大戦期まで最大の領土を維持することになるという、正に黄金時代である。本作品の主人公はハンガリー革命によって国を追われたマジャル人貴族の娘で、ルーマニア軍少尉の妻となったマリア=テレジア・フォン・デブレツィである。英国育ちということでマルチリンガルのクリスティン・スコット・トーマスが演じており(逆という説はあり)、子供たちとの会話もほぼ英語である。彼女は処世術の上手くない夫と共に国境付近の山小屋基地に派遣され、そこで現地人の差別を目の当たりにする。

第一に、当地のブルガリア人貧農たちはルーマニア軍によって虐げられていた。途中でマリアの夫ドゥミトリウ少尉の部下が抵抗組織によって殺されるのだが、犯人探しもせずに近くに住んでる農民たちが連れてこられ、見せしめ処刑を命じられる。ドゥミトリウは嫌がって"口頭ではなく紙でお願いします"と抵抗するが、マリアはそれを上回って、彼らに畑の世話を任せて給料を払おうとするなどの抵抗を見せる。しかし、二人の細やかな抵抗が大局を動かすほどの力はない。ちなみに、逮捕されたブルガリア人農民たちは仲間の中でトルコ人の男を売ろうとするなど、差別構造が二重化するなどの深みがある。
第二に、マジャル人も当然のように虐げられている。冒頭ではハンガリー革命の失敗で逃げ出した共産主義者の娼婦が登場しているが、彼女の扱いは酷いものだ。加えて、マリアもマジャル人としてドゥミトリウの部下たちからバカにされ続けている。
これらの差別がチャウシェスク時代、アントネスク時代よりも前から存在していたことを示すのは『アーフェリム!』『Scarred Hearts』などラドゥ・ジュデの作品群に近いものを感じる。

この二つが混ざって、調子に乗るルーマニア人とその他というグロテスクな環境が辺境の地に出来上がってしまっている。なんだかクッツェー『夷狄を待ちながら』にも似ている気がするけど、やはりドゥミトリウ夫妻にはそこまで力はなく、ブルガリアにもハンガリーにも同作ラストの"夷狄"ほどの力はない。

本作品でも農作業をするマリアを手前において、奥でドゥミトリウの部下たちが色々やってるシーンなど、ヤンチョー・ミクローシュばりのロングショットが冴え渡っている。ピンティリエは思った以上にロングショットの使い手のようだ。

・作品データ

原題:Un été inoubliable
上映時間:82分
監督:Lucian Pintilie
製作:1994年(ルーマニア, フランス等)

・評価:80点

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