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「元カノ」 実話ショート怪談



はじめに

これは私(Kitsune-Kaidan)が体験した実話ショート怪談です。みなさんは生き霊の存在におびやかされた経験はありますか?私は残念ながら何度か体験したことがあります。

「生き霊は幽霊よりも厄介やっかいだ」

そんなふうに感じる人も少なくないのではないでしょうか。確かに生き霊はお化けとはまた違った不思議な存在です。実際に生き霊のせいで体調を崩してしまうという話もよく耳にするので、あなどれない存在だと思います。

この怪談は私をターゲットにした生き霊ではなかったため、心や体に直接害が起こることはなかったのが救いだと思っています。ただ、その時感じた強い怨念おんねんのような感情はやはり気持ちのよいものではないです。今でもゾワーっとする感覚を思い出します。

それでは、不気味な世界へとつながる扉をお開けください。どうぞお気をつけて、行ってらっしゃいませ。

彼の部屋

「なんて居心地いごこちの悪い部屋」

それが彼の部屋の第一印象だった。

彼と私は長くは続かなかった。もちろん部屋だけが原因ではないが、とにかく嫌な部屋だった。交際が短かったのもあるが、彼の部屋を訪れること自体数少なかった。そもそも…はじめからお互いに相性がよい感じがしなかったのが正直な気持ちだ。

「それなのになぜ…」

合わないと思いながら交際したことが、不可思議だった。

必要最低限の家具が配置されているにも関わらず、その部屋はとにかく殺風景で落ち着かない。生活感がないわけではない。特にはっきりとした理由があるわけではないが、人の住む空間ではない感じがするのだ。エントランスに一歩足を踏み入れたところから、ほかの住人の存在がまったく感じられない。

「どのくらい入居者がいるのだろう…」

ふと疑問に思うくらい人間の気配が感じられない冷たい感じのするアパートだった。古いわけでも汚いわけでもない。

温もりがないただのコンクリートの塊

そんな雰囲気だった。


間取り

そのアパートの間取りはなんの変哲へんてつもない1Kで、玄関を開けると右手に下駄箱があり、トイレとお風呂がある。短い廊下の突き当たりにはガラスの窓がついたドアがあり、そのドアを開くとキッチンとリビングルーム兼寝室の1部屋があるのみ。ドアの横には割と大きめのクローゼットがひとつある。ごくごく普通の単身用のこじんまりとした部屋だった。

玄関横の水回りの雰囲気は不快だった。短い廊下もすごく嫌な感じがした。数回訪れただけだったが、毎回廊下は急いで通り過ぎた。

中でもいちばん不快に感じたのはクローゼットだった。なんとも言えないどんよりとした雰囲気が漂っている。決してそのクローゼットを開けてはいけないと思っていた。ラッキーなことに、その家に行く機会が少なかった私がクローゼットを開けることは最後までなかった。

「なんにも知りたくない」

それが素直な気持ちだった。

霊の存在を感じるたびによくそう思う。世の中には知って得をすることもあるかもしれないが、知らない方がいいこともたくさんあると思う。知らぬが仏とはよく言ったものだ。ところが、どんなに知りたくないと思っても、そういったエネルギーはしつこい。少しでもすきを見せるとすり寄ってくる。欲しくもないアプリを無理矢理ダウンロードさせらる感覚に近い。


のぞく女

Collage Artwork by Kitsune-Kaidan

残念ながら、はじめてそのアパートに泊まることになった。私はどうしてもひとりでは行きたくなかったので、愛犬を連れて行った。愛犬は私にくっついて眠るのでお守りのような存在だった。

「犬がいれば少しは心強い」

そう思うことにした。

夜になると、昼と違う感覚がした。相変わらず殺風景なその部屋は、夜の闇に包まれるとさらに息苦しい感じがした。角部屋なので、ベランダの大きな窓の他にもう一方の壁にも窓があるにも関わらず、風通しが悪い。

「早く帰りたいな…」

そう思いながら、なんとか一晩えしのぐことだけに集中していた。愛犬が私の横にピッタリと寄り添ってグーグーと寝息をたてている。その心地よい寝息バイブレーションを感じると、安心して眠りに落ちることができた。

「どのくらいたっただろう…」

チクタク、チクタク。

時計の音がしたが、時間を確かめる気にはならなかった。カーテンの隙間から微かに差し込む街灯の光が部屋の中をうっすらと照らしていた。私とほぼ同時に目覚めた犬の背中をさすりながら、私は部屋の中をゆっくりと見回していた。

誰かがのぞいている。

そう思った瞬間、その視線はガラスのドアの方から感じることにすぐに気づき、そちらの方向にサッと目だけを向けた。

背が低くてミディアムロングヘアの女性がドアの向こうに立っている。両手でメガネのようにまるい形を作って、部屋の中をジーッとのぞきこんでいる。なぜか廊下の明かりがついていて、後からライトアップされた女性の姿がはっきりと見えた。ミニスカートをはいて、タイトな長袖のトップスを着ている。

あまりにもリアルなので、本物の人間がそこに立っているのだと思った。だが、いつまでたっても女性と目線が合わない。私の方を見ているのではないことがわかった。何かを探しているようだ…。

女性はどのくらいそこに立っていたのだろう…。

これまでに何度か目撃したことがあるが、生き霊は実にリアルな色合いをしている。生きている人間とほとんど同じサイズなので区別がしづらい。ただ、私の場合、どことなくおかしな点があることに気がつくことが多い。

その女性の目線は明らかにおかしかった。両目の視点がグチャグチャになって別々の方向を見ている。この世のものとは思えない恐ろしい目つきをしていた。

「私には何もできない。消えてちょうだい」

心の中で強く、そう念じた。

しばらくすると、女性は相変わらず手で形作ったメガネを目に当てながら顔をゆっくりと横に動かした。その先には例の不気味なクローゼットがある。それを私がわかった瞬間、その女性の生き霊がパッと消えた。

私物

翌朝、私は愛犬を連れて逃げるようにそのアパートを出た。

「もう2度と来ることはない」

そう思った。

あの夜に見た女性のことは、しばらく自分の心にしまっておいた。

私たちの関係性に終わりが見えはじめた頃、どうやら彼はつきあう人のモノに執着する習性があるように感じていた。ことあるごとに私の所有物を自分の家に保管することを提案してくる。それと同時に、聞いてもいないのに元カノの話をすることが増えた。

「ヤキモチを妬かせようとしているのだろうか…」

元カノの話をされてもまったく嫉妬心がわかない。それどころか、あの日の生き霊の女性がその元カノなのではないかと確信していた。

元カノが彼を忘れられないというのか…?

いや違う。元カノは彼に執着しているのではなく、クローゼットの中にあるモノに執着しているように感じた。直感でしかないがそう感じたのだ。あいかわらず、彼は元カノが自分に未練があるような口ぶりで思い出話を繰り広げていたが、私にはそうは思えなかった。

「元カノさんはミディアムロング?」

思い切って話すことにした。

「そうだけど…なんで?」

臆病な彼はおそるおそる尋ねてきた。あの夜見た生き霊の話を手短にしたところ、まさに元カノのイメージと一致した。クローゼットの話をするとなぜか黙り込んでいたが、しばらくして彼は冷や汗をかきながら、

「実はクローゼットの中に思い出の品がある」

と言ってきた。その瞬間、クローゼットの向かって右奥にある中くらいの大きさの紙袋のイメージが私の頭の中に浮かんだ。

手紙のような紙類が見える。

お金かな…

それから…香水のボトル?時計?アクセサリー?

と、同時に彼が嘘をついていることがわかった。つまり、元カノは彼のことが忘れられないのではなく、彼女自身の私物を返して欲しいのだろう。手紙はおそらく仲が良かったときに書いたものだろう…。現金はもうその袋の中にはなさそうだった。

私はそれ以上その話をすること、つまり関わることを断念した。

その数ヶ月後、別れ話になり私の私物をすぐに返却してくれない彼を見たとき、あの生き霊の元カノの要求を確信したのだった。


おわりに

ねたみやうらみの念が幽霊や生き霊となって人間に悪影響を及ぼす?

果たして本当にそうなのだろうか…と、日頃から疑問に思います。被害を被ったと思い込んでいる人間の方が、逆に何かに固執して妬みや恨みを抱いていることだってあるのではないでしょうか。なんでも幽霊や生き霊のせいにしてはいけないのではないか…と思ってしまいます。

今回のお話は、正当な理由で納得がいかなかった元カノの念が生き霊となって現れたのではないだろうか…。現に私も所有物や現金を返してもらえずに手こずった事実があるので大いに理解できます。

みなさんも訳あって誰かとお別れする際は、なるべく平等に誠実に…サヨウナラすることができますように…。

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Kitsune-Kaidan
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