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#あやかし

あやかし旅館の若女将 ~清水優菜の妖な日常~第一話 「あやかし旅館の竜泉閣」

あやかし旅館の若女将 ~清水優菜の妖な日常~第一話 「あやかし旅館の竜泉閣」

第一話 あやかし旅館の竜泉閣
ここは創業100年以上の歴史を誇る老舗温泉旅館「竜泉閣」。設備は多少時代がかっているのだけれど、都心から新幹線と在来線を乗り継いで2時間程度というアクセスの良さのおかげでなんとかここまで続いている、こじんまりとした旅館だ。
 私は清水優菜。去年の春にこの宿の跡取り息子である清水継春と結婚し、この旅館で若女将として働いている。もともとはしがないイラストレーターとして

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あやかし旅館の若女将 ~清水優菜の妖な日常~第二話  「うちは料理が自慢です!」

あやかし旅館の若女将 ~清水優菜の妖な日常~第二話 「うちは料理が自慢です!」

第二話 「うちは料理が自慢です!」「ああ、美味しい……」

 目の前の料理をお箸でそっと掴み、口に運んで咀嚼して、飲み下すと同時に思わずため息が漏れた。

「優菜は本当にまかないをおいしそうに食べるよね」

 向かいの席の継春が、私を見て呆れたように声をかけてくる。うちでは従業員みんなが板長のまかない料理で日々生活している。お客様からも旅館の料理は評判で、ネットの口コミでも評価はすこぶる高い。

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あやかし旅館の若女将 ~清水優菜の妖な日常~第三話 梅雨は旅館も大変なのです!

あやかし旅館の若女将 ~清水優菜の妖な日常~第三話 梅雨は旅館も大変なのです!

第三話 梅雨は旅館も大変なのです!
 竜泉閣の中庭、日本庭園の中に咲く紫陽花がしっとりと雨露に打たれている。今年の梅雨はどうやら長雨らしい。なんだかこちらもどんよりしてしまう。私はロビーの掃除機掛けを中断し、掃除機に持たれかかってため息をついた。夫の継春を見ると、彼もノートパソコンの画面を見つめてどんよりとしていた。

「ねえどうしたの、どんよりした顔して」

 私は自分のことを棚に上げて聞いてみ

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あやかし旅館の若女将 ~清水優菜の妖な日常~第四話 「長逗留は大歓迎です!」前編

あやかし旅館の若女将 ~清水優菜の妖な日常~第四話 「長逗留は大歓迎です!」前編

第四話 「長逗留は大歓迎です!」
 そのお客様が竜泉閣を訪れたのは、夏も盛りの八月のことだった。

 山の中の温泉宿にとって、夏場のシーズンは客足が鈍くなるなかなか鬼門の季節である。やっぱり夏のレジャーといえばなんといっても海。海辺の旅館やホテルに旅行客は向かう傾向にある。特に竜泉閣は海なし県にあるので県内のお客さんはこぞって憧れの海に出かけるのである(ぶっちゃけ私も海へ遊びに行きたい……)。

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あやかし旅館の若女将 ~清水優菜の妖な日常~第四話 「長逗留は大歓迎です!」後編

あやかし旅館の若女将 ~清水優菜の妖な日常~第四話 「長逗留は大歓迎です!」後編

 竜泉閣の夜はけっこう早い。その日宿泊されているお客様に若い方が多いとそうでもないけれど、うちみたいな比較的年配のお客様が多い宿だと、日付が変わる前には宿の中の雰囲気はずいぶんと静かなものになる。ロビーにあるお土産ショップで商品の補充と整理をしていてすっかり遅くなった私は、継春と住んでいる宿の奥にある自室へと向かっていた。
 通り道になっているのもあって、それとなく客室の様子についても見て回ること

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あやかし旅館の若女将 ~清水優菜の妖な日常~第五話 「流行りものには乗っかります!」

あやかし旅館の若女将 ~清水優菜の妖な日常~第五話 「流行りものには乗っかります!」

第五話 「流行りものには乗っかります!」 
 ハロウィンが日本でも盛り上がるようになったのはいったいいつからなのだろう。少なくとも私がまだ幼い頃は今ほどにはイベントとして注目されてはいなかったようにも思う。最近ではハロウィンといえばお化け、とりわけ西洋の吸血鬼や魔女やゾンビ(ゾンビが西洋なのかはちょっと疑問だけど)などの仮装をして夜の街へと繰り出すのが定番となっている。

 そんな世の中の風潮にこ

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あやかし旅館の若女将 ~清水優菜の妖な日常~第六話 「テレビ取材で大騒ぎ!」前編

あやかし旅館の若女将 ~清水優菜の妖な日常~第六話 「テレビ取材で大騒ぎ!」前編

第六話 「テレビ取材で大騒ぎ!」
 ぴゅう、と吹き抜けた風の冷たさに、私は思わず身を縮こまらせる。ぱらぱらとせっかく集めた落ち葉が無情にも風で再びまき散らされてしまった。風に乗って赤や黄色の色とりどりの葉が舞う様は、いかにも日本の秋らしくてとても風情があると思う。

 ただし、それは庭の掃き掃除担当でさえなければ、の話だ。

 はあ、と大きくため息をついて、手に持っていた竹ぼうきを握り直す。あちこ

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あやかし旅館の若女将 ~清水優菜の妖な日常~第六話 「テレビ取材で大騒ぎ!」後編

あやかし旅館の若女将 ~清水優菜の妖な日常~第六話 「テレビ取材で大騒ぎ!」後編

不安定な気持ちを抱えたまま翌朝を迎える。

 毎朝の朝礼場所に大女将の姿は見えず、スマホの通知に目をやると、今日はまだ一日様子を見るとの連絡が入っていた。集まった仲居さんたちに大女将の状況を伝えるのと同時に、今日のテレビ取材の件も伝達する。大女将の突然の負傷に加えて初めてのテレビ取材、皆の間にざわめきが起こる。明らかに浮き足立っているのが分かった。

「テレビ取材は私が対応しますので、皆さんはいつ

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あやかし旅館の若女将 ~清水優菜の妖な日常~第七話 「大女将、危機一髪!」

あやかし旅館の若女将 ~清水優菜の妖な日常~第七話 「大女将、危機一髪!」

第七話 「大女将、危機一髪!」
 テレビ取材に大女将の腰痛と、予想もしていなかったトラブルはあったものの、かき入れ時である紅葉シーズンの客足は期待通りの推移を見せて、連日の忙しさに私を含む竜泉閣の従業員一同はてんてこ舞いだった。

 腰の状態もまだ万全ではないのだから無理はしないで欲しいとお願いしたものの、動けるようになった大女将も到着したお客様の対応や配膳作業にと八面六臂の活躍をしてくれていた。

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あやかし旅館の若女将 ~清水優菜の妖な日常~第八話 「年末年始もお待ちしてます!」

あやかし旅館の若女将 ~清水優菜の妖な日常~第八話 「年末年始もお待ちしてます!」

第八話 「年末年始もお待ちしてます!」
 少なくとも大女将の入院は年末から年明けまでは続きそうだった。

 大女将本人は頑なに口にしなかったのだけど、どうも以前から時々腰が痛むのを無理して堪えていたらしい。主治医の先生も一緒に相談した結果として、これを機会にしっかり治療とリハビリをして腰を治しましょう、という方針になった。

 大女将のしばらくの不在については宿のホームページにのせることなどはしな

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あやかし旅館の若女将 ~清水優菜の妖な日常~第九話 「あーっ!お客様、困ります!」

あやかし旅館の若女将 ~清水優菜の妖な日常~第九話 「あーっ!お客様、困ります!」

第九話 「あーっ!お客様、困ります!」
 年が明けてからも当初の予定通りではあるけれど大女将の不在は続き、ようやくその状態にもどうにか慣れてきたかと思えてきた頃、ある一人のお客様が竜泉閣を訪れた。

 竜泉閣の敷地がある臥竜山をはじめ、露天風呂から見渡せる周囲の山々もすっかり雪化粧を纏うシーズンオフの時期に、しかも男性のおひとりさまだったこともあって、チェックインの時点からその人は奇妙に印象に残る

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あやかし旅館の若女将 ~清水優菜の妖な日常~第十話 「登場、狸親父!」

あやかし旅館の若女将 ~清水優菜の妖な日常~第十話 「登場、狸親父!」

第十話 「登場、狸親父!」
 根津氏が去ってから数日後、継春と私は麓の町にある地元銀行の会議室にいた。いかにも会議室、といった部屋で打ち合わせをする経験はこれまであまりしてこなかったので、なんだか妙に緊張してしまう。
 私も継春も今日はスーツ姿でここを訪れている。スーツに袖を通したのなんて随分と久しぶりだ。竜泉閣で若女将を始めてからは、ずっと着物姿で通してきた。最初は慣れない着物だったけど、今では

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あやかし旅館の若女将 ~清水優菜の妖な日常~第十一話 「竜泉閣、源泉秘話!」

あやかし旅館の若女将 ~清水優菜の妖な日常~第十一話 「竜泉閣、源泉秘話!」

第十一話 「竜泉閣、源泉秘話!」 
 田沼氏の言葉の意味するところはその後すぐに判明した。銀行での面談のすぐ翌日から竜泉閣の周囲のあちこちで、いきなり大がかりな工事が始まったのだ。

 その工事はもちろんあの田沼氏の指示で始まったものだ。あの狸親父は昨日の交渉の時にはまったくそのことを明かしていなかったけれど、やらその下準備を進めていたらしい。竜泉閣の周囲の土地を何カ所かこっそりと購入していたのだ

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あやかし旅館の若女将 ~清水優菜の妖な日常~第十二話 「狸親父の挑戦状!」

あやかし旅館の若女将 ~清水優菜の妖な日常~第十二話 「狸親父の挑戦状!」

第十二話 「狸親父の挑戦状!」 

宿の宿泊予約表にタヌキチ、いや田沼吉蔵氏の名前を見つけたのはそれから数日後のことだった。見つけた瞬間に「ふぁっう!?」と喉から変な声が出た。

 タヌキチの仕掛けてきたボーリング作戦は想像以上にいやらしい手だった。

 こちらとしてもせっかく竜泉閣を訪れてくれたお客様に不快な思いをさせるわけにはいかない。そう考えて、やむなく竜泉閣のホームページの一番目立つと

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