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JW266 三つの社

【疫病混乱編】エピソード18 三つの社


第十代天皇、崇神天皇(すじんてんのう)の御世。

紀元前91年、皇紀570年(崇神天皇7)11月13日、崇神天皇こと、御間城入彦五十瓊殖尊(みまきいりひこいにえ・のみこと)(以下、ミマキ)は、天津神(あまつかみ)を祀る天社(あまつやしろ)、そして、国津神(くにつかみ)を祀る国社(くにつやしろ)の創建を宣言した。

どんな神社が創建されたのか・・・。

ミマキ「ということで、このときに創建されたであろう、神社を紹介して参るぞ。」

するとそこに、ミマキの「おじ」がやって来た。

武埴安彦(たけはにやすひこ)(以下、安彦)と彦太忍信(ひこふつおしのまこと)(以下、まこと)である。

皇室系図(二人のおじ)

安彦「大王(おおきみ)・・・。神社の紹介をすると聞き及び、解説に参りました。」

まこと「感謝してほしいんやで。」

ミマキ「おお、叔父上! 伯父のくせに兄上!」

まこと「その呼び方、どうにか、ならないのか・・・と思ってるんやで!」

ミマキ「さりながら、父は違えど、母は同じ・・・。致し方ないではありませぬか。」

安彦「まあまあ、それよりも神社の紹介を進めないといけないんじゃないですかねぇ。」

ミマキ「左様。して、お二人が紹介してくださるのは、何と言う神社にござりまするか?」

安彦「その名も、宇太水分神社(うだのみくまりじんじゃ)と申します。」

ミマキ「水分(みくまり)? エピソード249にて、建水分神社(たけみくまりじんじゃ)が紹介されておるが、それと関わりがあるのか?」

まこと「祭神が同じなんやで! なので、水分と言われてるんやで。」

安彦「そうなんですよ。祭神は、天水分神(あめのみくまりのかみ)、国水分神(くにのみくまりのかみ)、速秋津比古神(はやあきつひこのかみ)の三柱なんですよ。いわゆる、水の神様というわけでして・・・。」

ミマキ「なるほど・・・。雨が降らねば、作物は育たぬからのう。」

まこと「その通りやで。水分神は、祈雨の対象とされる神なんやで。」

安彦「ちなみに、速秋津比古神は、水門(みなと)の神、すなわち、河口の神なんですねぇ。そこから転じて、川上から流されてきた罪、穢(けが)れを呑み込む神とも言われております。」

ミマキ「罪、穢れ・・・。此度(こたび)の疫(やく)のことですな?」

まこと「そういうことやで。」

ミマキ「して、こちらの神社は、どこに鎮座(ちんざ)しておられるのです?」

安彦「それがですねぇ。ちょっと複雑でして・・・。」

ミマキ「ん? どういうことにござりまするか?」

安彦「鎮座地・・・・・・三つ有るんですよ。」

ミマキ「み・・・三つ?」

まこと「上社(かみしゃ)、中社(なかしゃ)、下社(しもしゃ)やで。」

ミマキ「たしか・・・。エピソード46にて、丹生川上神社(にうかわかみじんじゃ)が紹介されておるが、あちらも上、中、下の三つ有ったな?」

まこと「その通りやで! 諸説有って、上、中、下と名付けたんやで!」

ミマキ「では、此度の宇太水分神社(うだのみくまりじんじゃ)も、同じ理(ことわり)で、上、中、下になったと?」

安彦「そうでしょうねぇ。まあ、その中でも、国宝の本殿を持つ、中社が紹介されることが多いみたいですけどね。」

宇太水分神社・中社(鳥居)
宇太水分神社・中社(拝殿)
宇太水分神社・中社(社殿:国宝)

ミマキ「本殿が国宝? では、気になる、中社から教えてくだされ。」

まこと「奈良県宇陀市(うだし)は菟田野古市場(うたの・ふるいちば)やで。」

地図(宇太水分神社・中社)

ミマキ「宇陀市と申せば、わしらの時代の菟田(うだ)にござりまするな?」

まこと「そうやで。他の二つも、宇陀市に有るんやで。」

地図(菟田)

安彦「では、次に、上社の鎮座地を紹介致しましょう。」

まこと「奈良県宇陀市は、菟田野上芳野(うたの・かみほうの)に鎮座してるんやで。」

安彦「ちなみに、上社には、惣社水分神社(そうしゃみくまりじんじゃ)という別名もございます。」

地図(宇太水分神社・上社)
宇太水分神社・上社(鳥居)
宇太水分神社・上社(拝殿)

ミマキ「なるほど・・・。中社よりも上流に有るのですな。」

まこと「そういうことやで。」

安彦「では、次に、下社の鎮座地を紹介致しましょう。」

まこと「こちらは、奈良県宇陀市は、榛原下井足(はいばら・しもいだに)に鎮座してるんやで。」

地図(宇太水分神社・下社)
宇太水分神社・下社(鳥居)
宇太水分神社・下社(拝殿)

ミマキ「水分(みくまり)とは、水を分けるの意。水の分配を司(つかさど)る神を祀(まつ)り、作物、稲の豊作を祈願したのでしょうなぁ。」

安彦「そうだと思いますよ。やっぱり、水は何にも代えがたい、大切なモノですからねぇ。」

まこと「では、これで宇太水分神社(うだのみくまりじんじゃ)の解説は終わりやで。」

地図(宇太水分神社:上・中・下社)

ミマキ「かたじけのうござる。」

安彦「ところで、此度の疫は、ヤマトだけでなく、大八洲(おおやしま)全体に波及(はきゅう)しているようですねぇ。」

ミマキ「左様にござる。出雲(いずも)や丹波(たにわ)、遥か遠き、東の地でも、多くの死者を出しておるとのこと・・・。わしに、徳が無いばかりに・・・(´;ω;`)ウッ…。」

地図(ヤマト、出雲、丹波)

安彦「出雲や丹波などには、何と申し開きをなされる、おつもりなんですか?」

ミマキ「も・・・申し開きも何も、天災には逆らえませぬ。」

安彦「しかし、大王が、誤った神々の祀り方をしていた所為(せい)で、此度の疫が起こったわけですよねぇ? 出雲や丹波からすれば、とんだ迷惑といったところでは?」

ミマキ「うっ・・・。そ・・・それは・・・そうなのじゃが・・・。」

安彦「何か、謝るなり、再建に尽力するなり、そういうことをしておかないと、あとで、大変なことになるんじゃないですかねぇ?」

ミマキ「叔父上? 大変なこととは?」

安彦「国交を断絶するとか、言われてしまうかもしれませんよ。」

まこと「安彦・・・。それは考え過ぎやで。みんな大変なんやで。分かってくれると思うんやで。」

ミマキ「左様。ヤマトで手いっぱいの今、他国に気を使っておる暇(いとま)は有りませぬ。」

安彦「そうですか・・・。杞憂(きゆう)に終わればいいんですがねぇ。」

疫病は収まりつつあるが、どこの国も疲弊している状態なのであった。 

つづく

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