JW637 赤い衣と褌
【景行征西編】エピソード8 赤い衣と褌
第十二代天皇、景行天皇の御世。
西暦82年、皇紀742年(景行天皇12)9月。
ここは、福岡県田川市夏吉。
この地を治める魁帥(首長のこと)、神夏磯媛(以下、カンナ)と、四人の男たちは、高羽の川上(福岡県田川市の彦山川上流)の賊、麻剝を迎え入れていた。
四人の男とは、すなわち、多の臣の武諸木(以下、モロキ)。
国前の臣の菟名手(以下、ウナ)。
物部の君の夏花。
崗県主である。
麻剝「いつも、世話になっておる『カンナ』殿の顔を立てて、来てやったぞ。」
カンナ「お世話になってる?! 襲ってるの間違いでしょ!」
モロキ「落ち着け。『カンナ』殿・・・。」
麻剝「して、何用じゃ? 降れと言われても、降らぬぞ。」
ウナ「そんなことは、分かっておりもうす。我らは、貴殿と争うつもりはござらん。」
麻剝「ほう・・・。では、なにゆえ、我を呼んだのじゃ?」
夏花「ヤマトは、貴殿と誼を結びたいと考えておりまする。」
麻剥「誼を?」
県主「そうたい。麻剥殿は、逞しき丈夫。敵とするより、味方にした方が良かち、ヤマトは、考えとうよ。」
麻剥「なるほど・・・。我を認めると?」
モロキ「その通りじゃ。ここに、麻剥殿に贈る品がござる。」
麻剥「おお! 赤い衣や褌、種々の珍しい物が・・・。目白押しではないか!」
モロキ「全て、麻剥殿の物じゃ。持ち帰ってくだされ。」
麻剥「なんと! 全て?」
ウナ「足りませぬかな?」
麻剥「そのようなことはない・・・。」
夏花「ところで、麻剥殿に、頼みたき儀が有りもうす。」
麻剥「頼みたいこと?」
県主「実は、ヤマトは、鼻垂殿や、耳垂殿、土折猪折殿とも、誼を結びたいち、思うとるんや。」
麻剥「勝手に、結べば良いではないか。」
モロキ「それが・・・。どのように、相手に伝えれば良いのか、見当も、つかず・・・。」
ウナ「幸い、麻剥殿は、度々、夏吉を襲っておられたゆえ『カンナ』殿を通じて、こちらの想いを伝えること能うたが、他の御三方は、何処に居るのかも分からず・・・。」
麻剥「ん? それが、我に、どのような関わりが有ると?」
夏花「麻剥殿ならば、他の御三方の所在も、御存知にござろう? どうか、橋渡しをしてくださらぬか?」
麻剥「なるほど・・・。そういうことか・・・。諾なり。我を通じて、他の者らに伝えてやろう。」
モロキ「かたじけのうござる。」
こうして、麻剥が、珍しい物を賜ったという話も付随して、他の三人は、疑いもせず、ヤマトの陣営に顔を出したのであった。
麻剥「連れてきてやったぞ。」
鼻垂「お初にお目にかかる。我が、鼻垂じゃ。」
耳垂「我が、耳垂じゃ。」
土折猪折「そして、我が、土折猪折じゃ。」
鼻垂「して、珍しい物とは、何処にござる?」
耳垂「赤い衣や褌は?」
土折猪折「早う見せてくだされ。」
モロキ「うむ。珍しい物を進ぜよう。硬く鋭い、剣の刃は、如何かな?」
麻剥「ん?」
そのとき、多くの兵士が飛び出してきて、四人の賊を縛り上げた。
鼻垂「なっ!? これは、如何なることじゃ?!」
ウナ「賊を、縛ったまでのことよ。」
耳垂「だ・・・騙したのか?!」
夏花「我らが、汝らを迎え入れるとでも、思うておったのか?」
土折猪折「おのれ! 悪しき者たちめ!」
カンナ「それを言うなら、アンタたちのことでしょ?」
県主「して、この四人、どげんすっとや?」
モロキ「契りの通り、硬く鋭い刃を与えようぞ! 四人とも、斬ってしまえ!」
多くの兵「ははっ!」×多数
ザシュ!
麻剥「うぎゃぁ!」
グサッ!
鼻垂「ぐはぁ!」
ブシュ!
耳垂「うぐっ!」
兵(い)「あっ! 土折猪折が逃げた!」
県主「何しとうとや!」
土折猪折「ここで、死ねわけには、ゆかぬ。『日本書紀』では、ここで死んでおるが、このあとの伝承に登場するのでな・・・。さらば!」
そう叫ぶと、土折猪折は、台本に従わず、逃走したのであった。
ウナ「む・・・無念なり・・・。」
カンナ「そんなことより、他の奴も逃げちゃったわよ。」
夏花「他の奴? 他に、誰が居ると申すのじゃ?」
カンナ「麻剥の残党が、逃げたみたいなのよ。」
モロキ「よし! ことごとく討ち滅ぼさん。探し出すのじゃ!」
残党探索が、始まったのである。
つづく
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