JW420 栃木市で創建
【東国鎮定編】エピソード11 栃木市で創建
第十代天皇、崇神天皇(すじんてんのう)の御世。
崇神天皇の皇子(みこ)、豊城入彦(とよきいりひこ)(以下、トッティ)は東国へと旅立った。
付き従う者たちは、下記の通り。
トッティの息子、八綱田(やつなた)(以下、つなお)。
そして、采女筑箪(うねめ・の・つくば)(以下、つっくん)である。
一行は、ついに毛野国(けぬ・のくに:現在の群馬県と栃木県)に至る。
そして、今回、向かった先は・・・。
つなお「父上? ここは何処(いずこ)にござりまするか?」
トッティ「うむ。我々は、栃木県栃木市(とちぎし)に入ったぞ。」
つっくん「栃木県栃木市? 県庁所在地なのか?」
トッティ「それが、県庁所在地は、宇都宮市(うつのみやし)なんだよなぁ。」
つっくん「どういうことだってばさ?!」
トッティ「最初は、県庁所在地だったっぺよ。でも、地理的に不便だという声が起きて、西暦1884年(明治17)1月に、宇都宮市に県庁が移ってしまったんだっぺよ。」
つっくん「そ・・・そんな・・・。」
トッティ「とにかく、栃木市に来たので、この地の社(やしろ)を紹介するっぺよ。その名も、大神神社(おおみわじんじゃ)だっぺ! ここでも、大物主神(おおものぬしのかみ)を祀(まつ)ったんだっぺ。此度(こたび)は、ちゃんと、我(われ)が創建したことになってるっぺよ。」
つなお「父上が創建されたのですな。して、なにゆえ?」
トッティ「その問いには、ちゃんと、答えられるっぺ。戦勝と人心平安を祈願したんだっぺ。」
つっくん「戦勝? 戦(いくさ)なんて、全く無かったと思うんだけど・・・。」
トッティ「日高見国(ひたかみ・のくに:現在の茨城県)に向かった、先生こと大彦(おおひこ)伯父上と、多建借間(おお・の・たけかしま)こと『カシマ』のことを忘れたのか?」
つっくん「あっ! そうだったってばさ!」
トッティ「ちなみに、鎮座地(ちんざち)は、栃木県栃木市の惣社町(そうじゃまち)だっぺ。」
つなお「ところで、大彦じいさまと『カシマ』は、無事に鎮定(ちんてい)出来たのでしょうか?」
トッティ「二人とも、気になるよな? そういうことで、舞台は、日高見国に飛ぶっぺよ!」
ここは、日高見国・・・。
大彦と「カシマ」は、ある湖を眺めていた。
大彦「これが、聞きしに勝(まさ)る、葦浦(あしうら)なんだな。」
カシマ「葦浦か・・・。淡海(おうみ)と見紛(みまご)うばかりじゃ。」
大彦「淡海は、琵琶湖(びわこ)のことなんだな。」
カシマ「して、葦浦は、二千年後の地名で言うと、何処(いずこ)になりまするか?」
大彦「霞ヶ浦(かすみがうら)なんだな。」
カシマ「こ・・・ここを渡るのか・・・。」
大彦「回り道をする暇(いとま)は無いんだな。」
カシマ「分かっておりもうす。」
こうして、一行は、霞ケ浦を渡り、ある島に到着したのであった。
つづく
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