見出し画像

カンヌライオンズ・チタニウムグランプリの歴史(6)完

「理想的な企画とはどのようなものか?」という問いに端を発し、ここしばらく、カンヌライオンズという世界最大の広告賞において、その中でも最高賞的位置づけにあるチタニウム部門のグランプリ受賞事例を振り返ってきた。

2003年:BMW「BMW FILMS」
2004年:部門自体が存在せず
2005年:グランプリの該当なし
2006年:デザインバーコード「デザインバーコード」
2007年:バーガーキング「Xbox Games Innovative Campaign」
2008年:ユニクロ「UNIQLOCK」
2009年:Obama for America「Obama/Biden Presidential Campaign」
2010年:ベスト・バイ「Twelpforce」

この歴史は現在まで脈々と続くのだが、今回をもってひとつの区切りとしたい。それは今回紹介する事例が、ある意味で到達点となっているからだ。

それは2010年の「Twelpforce」に続いて、2012年にチタニウムグランプリを受賞したナイキの「NIKE+ FuelBand」である。(2011年は該当なし)

その前に「NIKE+」という企画について、おさらいしておこう。

ナイキ「NIKE+」

ナイキは、2006年に「NIKE+ FuelBand」のベースとなる「NIKE+」をリリースしている。これは、2007年のカンヌライオンズでサイバーライオン(WEB部門)のグランプリとチタニウムライオン(このときはグランプリではなかった)を受賞した。

この「NIKE+」というのは、ランニングシューズにスマートフォン(当初はiPod)と連動したセンサーを取り付けることで、ランナーの走行情報を計測し、アプリやサイトに記録できるようにしたランニング管理システムである。
ランニングが終わると、タイムや移動距離、走行ルートなどが記録され、ユーザーは毎月の走行距離や平均速度などを把握することができた。
走行データはTwitterに投稿することができ、サイトではランニングイベントもおこなわれるなどソーシャルネットワーキング機能も備えており、ランニングを楽しむためのプラットフォームとしての体系をなしていた。

画像1

「NIKE+」のセンサーと走行ログ画面


ナイキ「NIKE+ FuelBand」

これに対し「NIKE+ FuelBand」は、リストバンド状の商品を手首に装着することで、日常生活における消費カロリーや歩数などの活動量が測定・記録できるというものだった。
「NIKE+」のフィールドを、ランニングから日常生活全体へと拡張したわけだ。

画像2

「NIKE+ FuelBand」の活動ログ画面

ナイキは「JUST DO IT.」というスローガンを通じて「誰もがアスリートである」というブランドメッセージを一貫して発信しているが、「NIKE+ FuelBand」は、まさにこれを体現するような商品だと言える。


広告として機能する商品

「NIKE+」「NIKE+ FuelBand」ともに、企画したのはR/GAというクリエイティブ・エージェンシー。R/GAは、ナイキと共同でこれらの商品を制作した。

もう一度言おう。

R/GAは、広告ではなく、新たな商品を制作した

それも普通の商品ではない。
広告として機能する商品であり、既存のビジネスを拡張する商品だ。

どういうことかというと、おそらく「NIKE+」の企画が生まれる前に、ナイキからR/GAに投げかけられた課題は「ランニングシューズがもっと売れるためには、どうしたらいいか?」というようなものだったのではないかと思われる。
この課題に対し、普通ならナイキのランニングシューズがどう優れているかということを人々の目を惹くやり方で伝えていこうとするところだが、ナイキとR/GAは「『NIKE+』という新商品を作る」という結論に達した。

この革新的な商品(サービス)はニュース性が高いため、多くのメディア露出を獲得し、ブランドのファンを増やしたことだろう。
またナイキは「NIKE+」のユーザーと専用サイトや専用アプリ、メールアドレスを通じてつながることができた。つまり、ペイドメディアに広告を出稿しなくとも、継続的にコミュニケーションのとれるチャネルを獲得できたわけだ。
さらに、実はナイキは「NIKE+」と同時に、「NIKE+」のセンサーを靴底に埋め込むことができる専用シューズを発売している。これにより「NIKE+」のユーザーが増えれば、それに伴い一定の割合でナイキのランニングシューズも売れたはずだ。

そして「NIKE+」から「NIKE+ FuelBand」へ(ランニングからフィットネスへ)と領域を拡大させたことで、ナイキのビジネスはより一層拡張した。


「広告のコンテンツ化」の到達点

2000年代のチタニウムグランプリの歴史を振り返ると「広告のコンテンツ化」という潮流が見えてくるということを前回述べた。

映画、ゲーム、ブログパーツ、カスタマーサポートと様々な形態のコンテンツが登場してきたが、ここでついに「新たな商品」という形にたどり着いた。
「NIKE+」「NIKE+ FuelBand」がさらにすごいのは、新商品どころか新規事業のレベルにまで達していることだ。

最後にもう一度、10年間を振り返って、このシリーズに区切りをつけよう。

2003年:BMW「BMW FILMS」
2004年:部門自体が存在せず
2005年:グランプリの該当なし
2006年:デザインバーコード「デザインバーコード」
2007年:バーガーキング「Xbox Games Innovative Campaign」
2008年:ユニクロ「UNIQLOCK」
2009年:Obama for America「Obama/Biden Presidential Campaign」
2010年:ベスト・バイ「Twelpforce」
2011年:グランプリの該当なし
2012年:ナイキ「NIKE+ FuelBand」(この記事)

最後まで読んでいただきありがとうございます。 この記事が何かのお役に立てば幸いです。