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#オールカテゴリ部門
【小説】それではまた、明日
「僕、ずっと不思議だったんですよね。よくドラマとかであるじゃないですか。主人公の周りにいる、優しくて何でも出来て浮気もしなさそうな人が結局振られちゃって、ちょっとわがままで強引でツンデレの人が最後に主人公 掻っ攫っていくみたいな展開」
さっき自販機で買った缶コーヒーを飲みながら不服そうに久留米さんが言った。
「ああ、ありますね」と、丸く太った月を見ながらぼんやり答える。
「辛いんですよね、あれ。
【小説】地平線の向こう
佐久間陸は神童だった。その並々ならぬ知識と探究心は度を超えていて神童であった反面、変わり者と呼ばれたりもした。
この物語は陸が五歳の時、家にある掃除機の魅力に取り憑かれるところから始まった。
パワフルな音、くるくると回るモーター、スタイリッシュな見た目、コードレスなのもかっこよかった。あんなに楽しい物であるにも関わらず、さらに家を綺麗にすることも出来るなんて。こんなにエンターテイメントに溢れた
【小説】オドルサンパチマイク -side とめだ-
「いや、お前 才能ないよ」
そう初めて言われたのは、高校生の時だった。
クラスメイトの高橋とコンビを組んで学園祭でコントを披露したときに、担任からそう言って茶化されたことを僕は今でも根に持っている。
たしかに世界観の強いコントだったとは思うけど、それなりに笑いも取っていたし、素人に才能がないとまで言われる筋合いはないと憤慨した。
この笑いが分からないなんて、なんて思慮の浅い人間なんだ、と。
自
【小説】オドルサンパチマイク -side ひらり-
「はい、どうも〜、トメクマティックです!」
「僕がとめだと言いまして、こっちがくるめと言いますんでね。ぜひ名前だけでも覚えて帰ってください」
「あの、いきなりだけどさ、俺、漫才師じゃなかったらなりたかった職業があってさ」
「うん、なになに?」
「バイキンマン」
「バイキンマン?めずらし。アンパンマンじゃなくて?」
「アンパンマンなんかお前、なりたいやついねえだろ!」
「いや、いるだろ!バイキンマン
【小説】70's groove -後篇-
久しぶりに胸が高鳴っている。足が震えるのを必死で抑えながら、いや、これは武者震いだ。と自分に言い聞かせた。
「どした?緊張してる?」と、たけちゃんが私の顔を覗き込んで言った。このバンドのドラマーである。私たちのバンドメンバーの中で一番音楽の経験が長く、今でも自分が経営しているジャズ喫茶で時々演奏をしているらしい。
この男はドラムだけでなくギターもピアノも演奏出来る。天は二物を与えず、なんて信用し
【小説】70's groove -前篇-
平穏か、激動か、と言われれば、平穏な人生だと思う。幸福か、退屈か、と言われれば、少しだけ退屈が勝つ。
私の人生はまるで平凡の象徴のようだった。今までは。
この歳になって、これほどまでに何かに熱中するなんて、私自身 思ってもみなかったことだ。
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私の毎日は規則正しい。朝6時45分に起きて、白米と卵焼きを食べる。それから自分が昼に食べる用の弁当を作って、と言っても、ほとんどが前の晩の残り物だ
【童話】おしゃべりきつねともぐらさん
あるところに、おしゃべり好きのきつねさんがいました。きつねさんは朝でも昼でも夜でもずっとおしゃべりをしていました。
きつねさんはいつでもだれとでもおしゃべりをしていたいのです。可愛い野うさぎさんとも、賢いふくろうさんとも、こいぬの兄弟たちとも、しゃべりたくてしゃべりたくて堪らないのです。
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野うさぎさんが言いました。
「お庭でいちごが獲れたの」
するときつねさんが続けます。
「私のお庭に
【童話】空バケツおじさんと魔女
あるところにプライドが高く、他人を陥れることに一生懸命になっているおじさんがいました。
おじさんは自分の思い通りにいかないときは声を荒げて激昂し、他人の手柄を横取りしては、自分より立場の弱い人をいじめ、高笑いをしながら過ごしていました。
ある日、おじさんの言動を見かねた魔女が、身体を古い冷蔵庫に、頭をバケツに変えてしまいました。
おじさんは「なにをする!」と怒りをあらわにしましたが、魔女は冷
【小説】ラスタパスタ
初めて入ったレストランで、あれこれ言いながら君とメニューを見る時間が好きだ。
なんだこれ?って怪訝な顔で初めて目にする名前のメニューに挑戦してみるのも良いし、結局いつも頼むようなメニューを頼んでみるのも良いと思える。
知らない名前のパスタを指差して、「今日はこれにしてみる」と君が笑った。
「あ、同じものふたつで」
別のものを頼もうとしてたのにその笑顔につられて、同じものを頼んでしまう。「あ
【小説】明日に生きる
「悪いとこあったら直すから」
章太郎からのLINEは、返す気が失せる言葉のオンパレードだった。
家を出たのは突然ではないし、理由は再三伝えているし、悪いところを直せるのなら、今ではなく1年前から直してくれれば良かったのだ。
少しずつ掛け違ってきたボタンの数が、最後に合わなくなってしまっただけにすぎない。
たとえ数が合わなくなってしまっても、私は傍を離れないだろうと思われているのだな、と気が付
【小説】今日が暮れる
その日は、何の前触れもなくやってきた。
いつもと同じ時間に起きて、いつもと同じように無難に働き、いつもと同じような時間に退社した。コンビニで8個入りの餃子とビールを2本買って、だらだらと帰路についた。
玄関のドアを開けて、微かに違和感を覚える。
部屋に入って電気をつけたところで、しばらくなにが起こったのか分からず、その場で立ち尽くした。
-無い。
友美の物が一つ残らず無くなっている。
こ