見出し画像

【小説】明日に生きる



「悪いとこあったら直すから」

章太郎からのLINEは、返す気が失せる言葉のオンパレードだった。


家を出たのは突然ではないし、理由は再三伝えているし、悪いところを直せるのなら、今ではなく1年前から直してくれれば良かったのだ。

少しずつ掛け違ってきたボタンの数が、最後に合わなくなってしまっただけにすぎない。
たとえ数が合わなくなってしまっても、私は傍を離れないだろうと思われているのだな、と気が付いてから、別れを決めるまでは早かった。


靴下を脱いだら洗濯機に入れてほしいことも、洗面所で髭を剃った後は掃除してほしいことも、食器洗いは料理を作ってもらったほうがやるというルールも、

同棲して半年後には何一つ守られていなかった。

そして気が付いた。

一緒に並んでお笑いの番組を見ることが出来ても、好きな料理が同じでも、こちらが本気で話しているのに茶化してくるところや、何度伝えても「ごめん、ごめん」と笑いながら謝るだけでまた同じことを繰り返すところも、もうずっと向き合うのがしんどかった。

共に暮らしていく努力をしてくれないのなら、この人とは一緒にいられないなと悟った。それは結局、私を大切に思っていないことと同じだ。

そう理解したら、途端に腹が立ってきた。なぜ私が片付けを指示しなければならないのだ。なぜ私が自分の子どもでもないのに、あれはダメ、これは良いと教えなければ生活すらまともに出来ないのだ。

そのくせ大事な場面で好きだの、可愛いだのは恥ずかしがって言わないのだ。なんだそれ。馬鹿馬鹿しい。

もう疲れた。もういい。どうでもいい。
だから家を出る準備を始めた。家を探し、引っ越し業者を予約し、わざと平日に有休を取って決行した。

別れ話を面と向かってしないと決めたのは、粘られると面倒だと思ったから。その時間すら惜しい。

私にはもう章太郎と向き合うエネルギーが残っていない。

家を出ると決めてからの自分が好きだった。
最近では募った小さなイライラのせいで、元々自分が明るい人間だったことを忘れかけていた。

章太郎から再び、着信があった。
そのディスプレイを横目に、新しい生活に想いを馳せていた。

忘れるな。
私を幸せに出来るのは私で、好きなものも欲しいものも全部この手で手に入れるだけの力を私は持っている。

章太郎に、いや、誰かに幸せにしてもらおうと思っていたそもそもその心意気が間違えていたのだ。

もう踏み出した。
この過去があろうが無かろうが、もう踏み出したのだ。今はまだ未熟で不完全だとしても、そのままで、私は限りなく完璧だ。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?