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【小説】オドルサンパチマイク -side とめだ-


「いや、お前 才能ないよ」

そう初めて言われたのは、高校生の時だった。
クラスメイトの高橋とコンビを組んで学園祭でコントを披露したときに、担任からそう言って茶化されたことを僕は今でも根に持っている。
たしかに世界観の強いコントだったとは思うけど、それなりに笑いも取っていたし、素人に才能がないとまで言われる筋合いはないと憤慨した。

この笑いが分からないなんて、なんて思慮の浅い人間なんだ、と。
自分もただの素人のくせに。





「辞める勇気も必要だと思う」

これはかなり、胸にグサッときた。今でも思い出すと涙が出そうになる。
芸人として駆け出しの頃、当時付き合っていた彼女に言われた言葉だ。


たしかに、僕、いや僕らは売れていなかった。コンビを組んで最初の3ヶ月はどこの劇場にも呼ばれなくて、次の3ヶ月は死に物狂いで売り込みをして、お金を払ってライブに出させてもらっていた。
けど、どこの劇場でももう顔見知りのグループが出来ていて、いじったりいじられたりのノリがあって、毎回必ずくる熱心なファンがいた。

事務所に所属してない僕たちは、なんて言えばいいか、つまり、どこの劇場にいても浮いていた。次の3ヶ月、つまり結果的に最後の3ヶ月になるわけだけど、どうにか足掻いて僕たちは全くジャンルの違う新ネタを3本作った。

このどれかが当たれば劇場に居場所が出来るかもしれない。コアなファンがひとりくらいはつくかもしれない。
それは、僕なりの小さな挑戦でもあった。



当時の相方であり先輩でもあった久留米さんが実家に帰ることにした、と言い出したのは、3本の新ネタが出来た1週間後だった。出来ればネタを作る前に言ってほしかったな、と思ったけれど、不思議と「まあ、そうですよね」とすんなり受け入れられたのを覚えている。




きつかったのは、その後だ。
トメクマティックを解散した、と、Twitterで報告文を載せたら、「誰だよ」だの「知らん芸人が知らん間に解散した」だの失礼なことを散々言われた。

売れてない僕が悪い、と言えばそれまでだけど、知らないなら黙っていてほしかった。追い討ちをかけないでほしかった。
僕に、現実を感じさせないでほしかった。

奇しくもその投稿が今までで一番いいね、が付いて、それが堪らなく悔しくて、やけ酒を飲んでへべれけになって朝起きたら西新宿のゴミ捨て場にいた。とんだ黒歴史だ。忘れたい。

それからの僕も泣かず飛ばす、燻り続け、それでも諦められずに、今もひとりでこの冷たい板の上でジタバタと足掻き続けている。

芸人を諦めることは、高校生の頃の自分を、今までの自分のセンスを、なにもかも否定するみたいで許せなかった。







僕が思いがけない形でファンを名乗る子に出会ったのは、芸人になって12年目の夏だった。

いつものメンバー、いつもの劇場、いつもの客入りの平凡な公演が終わった後、会場の目の前の道でチケットを手売りしているときに、若い女の子ふたりに声をかけられた。

ひとりはまさしくギャルのような見た目で、もうひとりはそのギャルの後ろに控えめに隠れた見るからにおとなしそうな子だった。


「あの〜、とめださんですか?」
と本名で呼ばれて、首を傾げてしまった。僕の本名を知っているひとがいるとは。

「え、ああ、え、はい」

返事をしたあと、ぱちんと頭の中で音が鳴って、営業のスイッチが入る。たしか3列目辺りで見てくれてた子たちだな、と記憶を辿る。

「今日、3列目で見てくれてましたよね?」
と、聞くと、ギャルらしき子が「そうなんです」とにこにこしながら後ろの子を前に突き出した。

目が合うとひい、と言いながら彼女が口を抑えたので、なんというか、すごく申し訳ない気持ちになった。

「あの、トメクマティックさん、ですよね…?」
久しぶりに聞いた名前で僕は一瞬それがなにか分からなかった。数秒のラグのあと、のけ反って、「ああ、ええと、うん」と間抜けな声で答えた。

「ずっと……会いたかったです」
と、震えるような声で彼女が言う。その一瞬の間にトメクマティックだった頃の記憶を必死で思い起こすけど、僕らが活動していたとき、彼女はたぶん5歳とか6歳とかだろうし、そもそも僕らに固定のファンなどいなかった。
と、思い出して、改めて落ち込んだ。

「え、ええと、その名前はどこで?」


聞けばその子、ひらりちゃんは幼い頃、母親にベランダで待たされることがよくあったんだそうだ。凍えそうな冬の夜、隣の部屋から聞こえてきた僕らの漫才を聞いていたら眠くもなかったし寒くもなかった、と小さな声で言った。

トメクマティックのその後について聞かれたので、僕らは9ヶ月間しか活動していなかったこと、彼女が覚えてくれていた漫才は僕らが最後の悪あがきで作ったネタで世の中には出ていないこと、久留米さんはトメクマティックを解散した時に芸人を辞めてしまったことを伝えた。

彼女の境遇にも、この状況にも、果たしてなにを、どう返すのが正解なのか分からなくて、僕は時折彼女が涙を流すのを、おろおろと狼狽えながら「大丈夫?」と聞くことしか出来なかった。

「あ、あの、なので、ずっとお会いしたかったです。今日は会えて嬉しかったです」

話終わった後、彼女がそう言ってくれて、救われたような申し訳ないような複雑な気持ちになった。

「あ、うん、ええと、、ありがとう、トメクマティックを覚えててくれて」

慰めも励ましも思い浮かばない。そんな言葉しか出てこない。僕はどうしてこんなに、思慮が浅いんだろうか、と本や映画に触れてこなかった自分を恨んだ。

スタッフに呼ばれて劇場に戻ると、どっと後悔が溢れ出した。今の僕はあの子がわざわざ会いに来たいと思ってくれるような人間だっただろうか。





「で、どうよ?ヒーローになった気分は?」
一部始終を見ていた同期の池本がタバコに火をつけながら言う。

「いや、なんか申し訳ないなって」
「なんで?」
「いや、なんていうか、俺、ダサくなかった?」
「うん、だせえ」
「即答かよ」
池本が笑う。タバコの煙がゆらゆらと揺れた。

「で、LINE交換した?」
「するわけないだろ」
「え〜、俺なら絶対する。意地でもする。つか今日飯誘う」
「お前と一緒にすな。相手、高校生だぞ」
「でもさ、実際問題、10年もお前のこと思い続けてさ、お前に会いに東京まで来て、本当に見つけちゃうとかさ、さすがに健気すぎん?運命っぽい出会いじゃん」

「まあ、そうなんだけど、、まじでなんて言えばいいか分からんかったからさ、俺」
「お前さ、どうせ思慮浅いんだから、な?上手いこと言わなくていいのよ。感じたままに、思ったままに、好きなように、よ」
「いや、誰が思慮浅いねん」
「おお〜、ツッコむ脳は生きてんのね」
「やかましわ」
池本のタバコが灰皿に落ちる。
思わず笑ってしまって締まらない。

「ま、じゃあ、しがない男ふたりで飯でも行く?」
「………行く」
「焼き鳥とかどう?」
「あ〜、あのトルコアイスの店の隣の?」
「そうそう」
「いいねえ」

今日の自分はかなりかっこ悪かったと思うけれど、もしも本当に運命ならきっとまたどこで会えるんじゃないか、と、かなり都合よく考えた。

もしまた会うことがあったら、今度は連絡先を聞こう。いや、変な意味ではなく。断じて。

ひらりちゃん、大丈夫、覚えた。
もう絶対に忘れない。


( -side とめだ- fin )

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