【き・ごと・はな・ごと(第35回)】春を寿く―スイセン迷走曲
雪解けの田沢湖畔をサイクリングしたことがある。生まれて初めて雪国の冬を経験し、待ちに待った春を迎えた年のことだった。盛岡の街から2時間半バスに揺られて運ばれていった湖畔の集落は、ほころび始めの桜の花がやけに白く頼りなげで、寂しげで、柔らかに差し降る太陽が雲まに隠れるたび、ひどく体が凍えた。北の春は遅い。その日、ふと通りすぎた民家の軒下に咲いていた水仙のあざやかさが目に沁みた。湖面も、流木も周囲の山々も、ヨットハーバーも、色彩があった筈なのに、記憶の情景に浮かぶ色は、待ち望む季