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【き・ごと・はな・ごと(第27回)】日蔭の佳人―ドクダミ草

―ジュウヤクとっとるか?と聞かれ、夫はピンと来なかった。なんで重役なんだ? ああ、そうか。ドクダミのことだと気がつくまで間があった。夫はそのときドクダミをせっせと採取中であった。あげましょうか?、たくさん採ってますからというと、いやイイ、イイ、いらんいらんと、歯切れのいい関西弁であっさりフられてしまった。この方は薬剤師である。十薬とサラッと口にするあたりは、さすがだなあ、と去って行く後ろ姿に敬意を表した・・・とか。ドクダミは毒痛み、毒溜めのこととも。出物腫れ物の治療、毒下しなどによく効く野草として庶民にも馴染み深い。十薬とは十ほどの病に効く妙薬というほどのいみ。よくドクダミの別名とされているが、厳密には乾燥化したドクダミのことを指す。江戸時代、貝原益軒が著した『大和本草』で馬が好むので食べさせたところ十の病に効いた―とあるところから、その名が一般化していったというが、重薬とも書くところから察するに、中国名の蕺、蕺菜からとったと言う説の方があたっているのではと思う。とまれ厚生省でその効能がちゃんと認可されている民間薬である。先の方も薬を扱っていれば、そんなことは重々承知、それでも生のままの、あの匂いには勘弁してよね!というところらしい。

ドクダミは梅雨どきに白い十文字の苞葉とクリーム色の花穂を開く。少しばかり侘しげに・・・・湿気臭い裏庭の隅などにひっそりと咲く風情は、まさに侘びさびの極限の美を携えていると思うが、特有の匂いが災いして茶花にはもっての他だというし、又、花道にも用いられるとは聞かない。・・・・・ ドクダミはどうも長年人々に与えてきた恩恵のわりには、喝采をあびる華やいだ場所への出席を許されていない。そぼ降る軒下に咲きそろう彼女たちは、さしずめ尽くして耐え抜く日陰の佳人の風情であろうか。

ここ近年、わが家では梅雨を前にドクダミ刈りに勤しむ。茶や浴剤として使うためだ。花穂の開いた全草を採る。根茎が枝分かれして伸びる繁殖力旺盛な草であるが、それでも根こそぎにはしない。採取のタイミングを逃すと大変なことになる。集合住宅の公共のスペースなので、夏を前にした一斉の草むしりシーズンにあたり、ドクダミも雑草としてむしり取られてしまうからである。おととしだったか、窓の下でゴソゴソ音がしているので覗いたら、なんとドクダミさんたちが勢い良く引っこ抜かれているではないか。―きゃー、お願い。ドクダミ残しておいて―とつい悲鳴をあげてしまった。それ以来機を逃さずに採るようにしている。さて、刈り取ったドクダミは水道で汚れを採ってから自然乾燥させる。臭気は半日もあれば消し飛んでしまうから大丈夫。薬草に詳しい方から伝授していただいた皆伝の方法?では、何本か茎を束ねて紐で結わえ、花を下にして風燥させるというものだったが、今は魚のヒラキを干す網のなかにただ放り込んで待つだけだ。カサカサに乾燥するのに約一カ月半。その後はビニールの密封袋や空き缶に保存。乾燥剤を入れると尚いい。こうしておけば何年でもとっておける。

使用方法は簡単。水を入れたナベに一つかみ入れ煮立たせる。沸騰したらしばらくグラグラとさせて火を止めて蒸す。煎じたその茶を飲めば利尿、便秘、高血圧や動脈硬化予防に効果的。浴用剤として使うときはガーゼか網目の細かいネットなどに水から入れて炊き出すか、温水器のタイプは茶と同様に煎じてから漉した液を、湯を張った中にドボンと入れればオーケーである。分量も適宜、今日は濃いめにしてみよう、とか感でやっているうちにだんだん目安がついてくる。ドクダミ風呂は見た目、お世辞にも美しいとはいえない。が、毛穴がひらいてゾワゾワ、ジワジワと体内の毒液が誘い出されるという実感がある。お肌しっとり感は他の比ではなかった。暖まる、湯冷めをしない。熟睡できる。冬場は特にいい。・・・・ところで、海外のインターネットを覗いていたら、アメリカでドクダミの苗がネット販売されているのにはビックリした。5・5㌦だったと思う。学名、Houttynia  cordata Thunbの通りで紹介されていた。水辺の園芸種とあったのには笑った。別のネットにはまた斑入りのものもあった。これは半夏生かなと思ったが学名が違う。和訳するとカメレオンドクダミ。ドクダミの変種といったところのようだ。日本にもあるだろうか。ドクダミの分布は日本、中国、東南アジア、それも自生に限られるから他の国々からみれば珍品。お金を出して手に入れてもふしぎはない。ところが、これがよそごとではなくなってきそうな気配なのだ。店にドクダミの苗が欲しいといってきたり、また自らどこへでかけて採ってきて鉢などで育てるなど、ひと昔なら考えられないことが起こっている。今のところは苗が売られているとは聞かない。だが、意識して歩いてみると、確かに都会などでは以前よりずっとドクダミの量が減っているのはわかる。まさかとは思うが・・・・海外からドクダミの苗を取り寄せるなんてことにはならないで、と祈るだけだ。

十薬の群生
白い小花が可憐
水道水でよく洗う
虫除け用としてアルコール漬けにもトライ
カリカリに乾燥したら
こんな風に砕いて缶に入れて保存

文・写真:菅野節子
出典:日本女性新聞―平成11年(1999年)6月15日(火曜日)号

き・ごと・はな・ごと 全48回目録

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