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【き・ごと・はな・ごと(第23回)】春近し・・・ 軒にヒイラギ 、夕餉に鰯

駅のホームの土手に水仙が可憐に咲いている。梅も見ごろだ。桜の梢にもわずかながら膨らみをつけた芽が張り出している。日差しも心なしか舞い踊るようにキラめいて、いよいよ春が近いことを教えてくれている。むかしの暦では2月が歳の始めだったのだから、当時の人々の新年に寄せる気持ちには、新春ということばそのままに、よほど心浮き立つものがあったことだろう。そうはいっても、つい先日でかけた秋田ではまだ雪が深く、花咲く春の訪れにはまだだいぶ間がある。なので、もう春ですね!とばかり言い張るのも傲慢にすぎる、と思ったりもする。いっとき、岩手の住人だったこともあって、物差しの中心を東京にあてて物言うことに、いささか複雑な気持ちが拭えない。盛岡に住み始めてすぐ、あるデパートの写真展で『春』というテーマの数枚の作品を眺めていた女学生たちが突然タコのように口を尖らせて文句を言いだした。「これ、春の景色じゃないよ。これ絶対に夏だよね。樹とか葉っぱの色も夏だし、だいち春にあんな袖なしなんて着ないもの」

彼女たちのコトバはわたしにとってちょっとしたカルチャーショックだった。季節の捉え方ひとつでも、風土によって微妙に違うものだと教えられた。

今回の東北行きで興味をひいたのは、各地に伝わる旧暦の小正月行事の数々であった。繭玉飾り。ナマハゲ、火祭り、かまくらなど聞けば2月~3月にかけて目白押しだという。

ナマハゲといえば大晦日の男鹿半島のものを思い出すが、他でも集落ごとにそれぞれのナマハゲが伝承されている。本来は歳迎えにあたっての祓いの行事であり、それらもともとの意味を考えれば、節分の鬼やらいなどとそっくりである。また、全国の節分行事も一律に豆まきだけとは限らない。ナマハゲのように鬼を招き入れたり、また悪戯や災いをもたらすのを防ぐために、鬼のための酒や餅などを軒に並べるところもある。また茅塚を炊き上げて、鬼を燻しあげるというところもある。
これなど小正月のドント焼きとそっくりだ。節分はもともと立春の前日に行われる邪気祓いである。旧暦でいえば大晦日を前にした魔物祓い・・・ということなのだからもとを正せばおなじものということだろう。が、都会の暮らしでは風土が希薄になり、節分行事の本来のイミを噛み締める機会も失われつつあるというトコロだろうか。

節分にはヒイラギを門口に刺す風習がある。正しくは、豆ガラとヒイラギの枝。より正しくは、そのヒイラギの先にイワシの焼いた頭を刺してワンセットだそうだ。ヒイラギのぎざぎさが鬼の目を刺し、イワシの悪臭が鬼を寄せ付けない。つまり魔よけである。悪魔除けのヒイラギときけばクリスマスの飾りもそうだ。が、節分のヒイラギはモクセイ科。クリスマスのホーリーはもちのき科。実も前者は黒で後者は赤。植物の分類は違うものであっても、鋭い葉のギザギサに魔よけの威力を感じる人のこころは同じと思うと、なんとなくうれしい。 ところでヒイラギを軒に飾る、そんな光景は近ごろみられなくなった・・・・と思いきや、そうでもないのである。むかしほどではないにしても、最近チラホラ見かけるのだ。写真は一昨年、横浜市は生麦町の旧家の軒先でみつけたものだ。めったに見られないもの、というより、わたしにとって「初めてみーつけた!」という興奮で、軒先にへばり付いていたら家主のご婦人が顔をのぞかれ、お茶までごちそうになり、ついでにトイレまで借りて、お話しを伺った。この場をかりて改めて深く感謝するとともに、この身のズーズーしさをいささか恥じ入るところである。その日はちょうど富士山の山開きの日で、近くの浅間神社にお参りする脚絆に手拭い、白装束の信者さんたちが朝、お屋敷の前を通ったとか。その方々にさしあげるお神酒を用意して手をあわせたと、いうようなハナシも聞いた。ヒイラギの魔よけも昔からずーっと毎年当たり前に続けていたことだとか。

そのあくる年、去年の節分の頃のこと、わが家の近くのスーパーマーケットでなんと正しい?鬼の面付き『ヒイラギセット』なるものを売り出したのにはビックリした。―節分にはむかしから厄除けにヒイラギとイワシの焼いた頭を―と詳しい説明つき。さらに―今晩はイワシの蒲焼き、竜田揚げなどいかがでしょう―とレシピ付きでイワシの大特売。

ヒイラギは今年も用意されていたが、その数は去年に比べてぐっと少なめ。それでも、近所の住宅でヒイラギを飾っているウチを見つけた。またまた家主にみつかった。「ヒイラギなんて珍しいですね―」と声をかけると「このあたりではスーパーでマメとヒイラギをセット売りしているので、案外ご近所で飾っているうち多いんですノよ」とのこと。不況をしのぐ新手の商法といえど、伝統行事復活に大いに貢献しているらしい。セット〆て136円也。わが家の玄関に下っている。野良猫に狙われイワシの頭はない。

みーつけた!軒下のヒイラギ(生麦)
こっちにも!!
パワーがありそう
戸口につけるヒイラギの枝(秋田由利本荘市岩城資料館)
小正月・幽霊講の掛図(上)と鬼の面(下)同資料館
節分の厄落し・煮干や昆布・・・同資料館
ほんとに痛いギザギザ

文・写真:菅野節子
出典:日本女性新聞―平成11年(1999年)2月15日(月曜日)号

き・ごと・はな・ごと 全48回目録

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