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【き・ごと・はな・ごと(第24回)】ぶらり梅花逍遥

―美しや紅の色なる梅の花
あこが顔にもつけたくぞある―

この和歌・・・・・だれあろう菅原道真公がわずか五歳のみぎりで詠んだ和歌であるという。 菅原道真(845~903年)といえば、

―こち吹かば匂いおこせよ梅の花
あるじなしとて春をわするそ―

が断トツにポピュラーである。また、この句に詠んだ梅の木が、無実の罪で太宰府に流された道真を追って、一夜にして飛んできたという飛梅伝説も有名だ。此の件については、ほんとうにそんなことあるんだろうか、といささか疑問ではあるが太宰府天満宮には、今も『飛梅』の看板をかかげた白梅がちゃんと生きている。ふしぎ・・・といえば、道真公は生き血の流れていた生身の人間でありながら、その死後かってに悪霊と決めつけられ、さらにはその祟りを静めるためにと神様として祀りあげられてしまった。これほど数奇な変身(?)出世をした人も珍しい。いや、考えようによっては立身出世の極みとも言えようか。今では学問の神様として受験生やその親たちのアイドルとして君臨している。

道真公と梅との深い縁(えにし)に由来して、どこの天満宮でもたいてい梅の木がシンボルとして植えられている。風流などとは縁遠く、わざわざ観梅に出向くことなどなくっても、子供の学業成就とか受験合格祈願にと、ときたま天神様にお参りすることがある。そんな折りの梅との謁見も、なかなか味があるものだ。

もよりの天神さまは鎌倉の荏柄天神だ。ここは表通りの鶴岡八幡宮の賑わいぶりがウソのようにひそやかな場所にある。おととしのことだとおもう、まだ正月の七草も終えない頃だというのに、目も鮮やかな紅梅が今や盛りと社殿の前に咲き誇っていた。ああ、なんて幸先のいい・・・と、どの人もその思う気持ちは同じらしく、坂道の石段をのぼり詰め、その紅梅を目にした途端、皆、心の緊張をときほぐしたような、ほっとした表情を見せていたのが印象的だった。

梅は春のことぶれ。お参りする受験生たちにとっては、合格のことぶれなのだろう。肌を刺す冷気のなかでポッと境内に紅をさしたような風情は、白梅の凜とした趣とはまた別のなごみを感じさせてくれる。

ところで、菅原道真の梅の好みは、先の吾子の頃に詠んだ歌にしても、また京都の屋敷が紅梅殿と呼ばれていたということからも推測するに、たぶん紅梅ではないかと思えるのだが・・・・。だが、天神様を象徴する梅とくれば白梅。実際に植えられているのも白が圧倒的に優勢であるというのはナゼだろう。

※      ※

東京、文京区にある湯島天神の梅まつりは2月8日~3月8日であった。ここは新派の婦系図の舞台となったところ。名所、湯島の白梅のその誉れを裏切らず、敷地内にある約400本ともいわれる梅の木のほとんどが白梅だ。残念ながらまだ三分咲きといったところだったが、本堂まえにある白梅だけは、うまい具合に咲きそろっていてくれた。ビルに囲まれた境内には露天商が並び裏ではフラダンス、太鼓、講談などの演芸が繰り広げられて、さしずめ花のお江戸のお祭り騒ぎ。ほのかな梅の香など楽しむ次元ではなく、道真公もビックリといったところではないか。

社殿前の梅の木を狙おうとカメラを構えるのだが、次々に人の頭が入り込んでなかなかシャターが押せない。そのうち周囲がどよめいて人波が一方に揺れた。社殿への渡り廊下に白無垢の花嫁と紋付き羽織り袴の花婿が現れたのだ。みごとな枝ぶりに慎ましやかな白い花びらをひらいた花たちは、大勢のパパラッチたちの攻勢から逃れ、このときばかりは花嫁の引き立て役になった。

白い真綿にすっぽりと抱かれたようなこの日のヒロインは、衆目のなかで少しばかり恥ずかしげにうつむいて頬を染めている。「いいわねえ、梅まつりのこんな日に結婚式があげられて。きっと幸せになるねぇ、この花嫁さん」 そんな声があちこちから聞こえる。わたしにもそう思えた。同時に、幸せの予兆を揺るぎないものにしているのは、白梅の存在である・・・・・と確信した。花の魔力である。

歴史をこえて、古代から人々が花のパワーに寄せてきた思いが、肌に寄せてくるその場の空気の揺れ動きをとうして、理屈抜きになぜか実感できたとでもいったらいいだろうか。

花のなかでもことさら梅は、冬から春への季節の先触れともいえる花だ。そのすぐ先には、実りをもたらす先触れとも謳われる桜の花が控えているというわけ。梅はその先触れ。つまり豊饒を予感させる咲き振れの花であるのだと思う。

梅はもともと薬用として中国から輸入された舶来の花であり、万葉の時代の人気は桜との比ではなかった。いつしか日本を代表する花の女王としての地位を桜に受け渡すことになるわけだが、その一因に遣唐使を廃止し和魂漢才を唱えた菅原道真その人の思想革命が大いに絡んでいることを思うと、ちょっと皮肉である。梅贔屓の道真公に、この結果をどう思うか問うてみたい。

学業成就を祈る?(荏柄天神)
さきぶれに寿ぐ(荏柄天神)
新春の境内(荏柄天神)
白無垢姿が映えて(湯島天神)
花嫁の風情にため息(湯島天神)
主役を張る?白梅。(湯島天神)
やはりこの方も!!(京都・北野天満宮)

文・写真:菅野節子
出典:日本女性新聞―平成11年(1999年)3月15日(月曜日)号
※写真-7は、2010年に追加取材し撮影したものです。

き・ごと・はな・ごと 全48回目録

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