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【き・ごと・はな・ごと(第28回)】七夕に寄せて(1)― 戸隠の杉詣で

七夕に寄せて

☆・・・今日の七夕は、田畑の神の御霊を迎えての豊饒祈願・祖霊供養・禊祓いなど、古代からあったこの国の盆時期の祀り事に、伝来の仏教と中国の星祭りが融合し変容したものだという。かって日本にも神衣を織る棚機女の存在があり、また今でも北東北の一部ではタナバタさまといえば田の神さまのことだとする地域もある。自然崇拝と霊魂の存在を信奉する古代人の原始信仰こそが、そもそもの七夕の元祖であったとしたら、現在のはな・きごと全てにも、どこかでこの祭りのルーツと重なるものがあるのでは?。旧暦七夕(8月17日)の織り姫&彦星再会を祈りつつ、逢瀬を見届けるまでの向こう三回に、それを探る作業を加えていこうと思う。

戸隠の杉詣で

杉の木がこれほど魅力のあるものだとは思わなかった。こんなことを書くと、怒りに震える人がいるかもしれない。花粉症が蔓延する近年、杉はその元凶として全く分が悪い。そもそもは、現代人の食生活や生活環境の変化がもたらした免疫力の低下に、排気ガスなどの環境汚染がアレルゲンを引き起こすことが原因。また戦後、建材としての有益性が求められ自然林を伐採してまで大量の杉の子を植えたが、その後の木造建築の衰退と輸入材の攻勢により林業が廃れ、放置され放題の杉が花粉を撒き散らすことも大いに原因という。日本中の杉を直ちに伐採セヨ!という過激な発言も飛び出すのをみると、働きづめで頑張ったあげくリストラの憂き目にあっている昨今の中高年サラリーマンと、春になると目の敵にされる杉の木が、どこかでダブってしまうのだ。・・・・嗚呼。だが、先日そんな侘しさを吹き飛ばしてくれるような元気印の杉パワーを戴いてきた。戸隠神社の杉である。創建以来2000年の歴史を有するここ信州の神社は、奥社、中社、宝光社、九頭龍社、日之御子社という祭神の違う5社の総称。それらの背に屏風を立てまわしたように聳える戸隠山は天の岩戸が飛来したという謂れを持つもので、その威容を誇る峰々は、かって山岳信仰のメッカとして全国の修験者が終結した霊地であった。つまり戸隠の山と里がすっぽり神域なのである。杉の木は神社、仏閣でもよく見られるものだが、ここ戸隠神社でも杉は神聖な景観造りの立役者となっている。

中社には樹齢約900年を誇るみごとな三本杉がある。なにやら八百比丘のお告げにより植えられたとの伝説付き。宝光社は200段以上を数える石段の両側に茂る杉木立が荘厳なムードだ。なにより圧巻は奥社参道の杉並木だ。奥社の社殿はその名の通り、参道を2㌔近く入った山中に鎮座する。奥社の祭神こそは岩戸を投げ飛ばした天手力雄命だが、お目通りするにはお賽銭だけでなくスニーカーが必要だ。でないと、私のように足が赤むくれる。参拝道のプロローグはミズナラやブナ、クリやカエデなどの原生林に貫かれた爽やかな一本道だ。晴天に恵まれた6月中旬、日差しを受けた木々の梢に若葉が眩しい。およそ900メートル先に苔むした屋根の隋神門がある。そこを潜ると、いよいよメインを成す杉並木だ。一瞬にして明かりのボリュールが下げられ、ヒンヤリとした空気に包まれる。昼なお暗い杉林は独特な神秘空間を醸し出す。コトバを替えれば・・・怖い。しばし、そそり立つ幹の林立する様に気圧されると、一歩踏み出していいものか怯んでしまう。にょろっと出なければいいがなあと思う。奥深い山中で修行中、ご神木に向かって拝んでいたら、突然にその木がバサッと降りてきて大蛇になった―という話をある人から聞いた。あれは龍神だ!!というのであるが・・・。九頭龍大神を祀る社があるように戸隠は龍神信仰の厚い処である。むしろ修験道のシンボル、龍神こそがここ本来の神ともいわれている。龍神は雷雲を轟かせて雨を降らせてくれる。水の神である。(注・ここの龍は虫歯予防もしてくれる)。水は万物の恵みをもたらすから、もちろん田の神でもあるわけだ。ここ戸隠に拘わらず出羽や熊野もしかりだが、修験者が集まる聖地に杉が目立つのには、あくまでもまっすぐに伸びる樹形が信仰の対象の水の神を彷彿させるからだろうか。確かに天を突くように勢い良く伸びる杉の大木は、樹皮の様相といい太い筒状の幹といい蛇体を連想させるものだ。ところで七夕に立てる笹は聖霊を呼び降ろす依り代であるわけだが、ご神木としての杉の木に人々が寄せる思いにはそれと同様のものがある。龍は天から降りてくる。笹竹のように担いで持ち運びはできないにしても、杉の木を真っすぐ立たたせるだけで、神を迎え宿す役目を満たす筈だ。つまり地面に植える天然の依り代である。これは古代エジプト王朝時代のナツメヤシ、中国の扶桑、我が国沖縄県に残る御嶽のグバ、などに見られるカタチ―すなわち聖なる樹木そのものこそが神の住まいになるという原始の宇宙樹の信仰にその原型を見いだせる。杉は須佐之男命が撒いた髭から生まれたと神話にあるように、古来から神聖な樹木の一つに数えられてきた。杉山神社は数多い。岩手あたりでは盆に祖霊を呼ぶために家に杉の木の柱を立てる、田植え前に田圃に杉の小枝を立てるなどの風習を残す。杉はまさに七夕の笹竹と同じく神聖な樹木であった。・・・・杉林を抜けると、初夏の息吹が体を包んだ。竜雲たなびくコバルト色の空、新緑に染まる峰々。それらを借景にした二つの社が、荒振れた表情などまるで忘れ果てたかのように穏やかに佇んでいた。天から光が降り注いできたような錯覚に捕らわれたのは、たぶん幽玄なる杉並木の果てに広々した空間が待つという巧みな参道設計の所以であろう。

ご神木の三本杉(戸隠 中社)
三本杉を見上げる
奥社参道杉並木
自然の造形美に驚く
奥社の背に屏風のように聳える戸隠山
奥社からの眺望

文・写真:菅野節子
出典:日本女性新聞―平成11年(1999年)7月15日(木曜日)号

き・ごと・はな・ごと 全48回目録

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