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季語哀楽

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季語をテーマにした投稿まとめ。 365日が目標。
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#ショートショート

初嵐

初嵐

山羊と狼は結婚できると思う?
ベッドの上、僕の肩口に顔を埋める相手に小さく尋ねる。

暗闇に睫毛の動く気配がする。
先刻あまりに間近で見つめるものだから、瞳の中に自分が映る距離とはこんなに近いのだと驚いた。向こう側にも、僕が居たのだろうか。こういう時、漆黒の目を持つ僕らは都合がいいらしい。

返事は無い。
天井の換気扇が強風を受けて、がたがたと鳴っていた。
その日、僕らは初めて一夜を共にした。

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稲妻

稲妻

雨を聞く。
今日も今日とて、
死んだように生きている。
いっそ稲妻を嫁にして、
AEDで起こしてもらおうか。

長い夜に、豆電球と稲光。

稲妻(いなづま)

麦の秋

麦の秋

「秋」という言葉には、実りのときという意味がある。新緑の中、麦たちは、たわわに実った黄金の穂を揺らす。そう、麦の秋は、夏の季語なのだ。

金色の野に風が駆ける。

真っ青な空色のシャツを着て。
隣の小さな手を握る。

麦の秋(むぎのあき)

卯波

卯波

真っ白い小花をたくさんつける卯木(うつぎ)の花。卯月と言えば陰暦の四月の異名だが、卯木、別名卯の花が咲くのは、陽暦では五月頃となる。

春から夏の変わり目は、天候が不安定で強い雨風が吹く。そんな折、海や川が波立つその白さを、卯の花になぞらえた季語が「卯波」である。
もう一つ、卯の花と天候が結びついた季語、卯の花を散らして降る雨のことは「卯花腐し(うのはなくたし)」というそうだ。

長雨の続く今日こ

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袋角

袋角

奈良へは、中学の修学旅行で初めて行った。鹿をじっくりと間近で見たのもこの時が初めてだったように思う。先の丸い鹿の角は、一年かけて伸びたものが春に落ち、生え変わった後なのだと引率の先生が教えてくれた。持っていったインスタントカメラを後日現像すると、ほとんどは見事にピンぼけしており、その中でも鹿を映した写真が沢山残っていた。

旅館の慣れない枕と浅い夜、その日、私は夢を見た。
運動部に所属していた私は

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新緑

新緑

植物が這っている建物が好きだ。
最近は人口緑化を取り入れた施設やビル群も見かけるが、自然な生命活動には、より心惹かれる。東京でも、少し住宅地へ入り込めば、怪しいくらい緑を纏った民家と出逢えたりもする。そして、その写真を撮っている人物がいるとすれば、私はその一人である。

細い手足が、器用に凹凸を捕まえている。よくよく観察すれば植物とは、毛が生えていたり、湿度があったり、大変に有機的なのだ。度を越し

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薫風

薫風

風薫る朝。
自転車脇のブロック塀には、小さな虹が映っていた。薄いシャカシャカのパーカーを羽織って漕ぎ出す。風を受けて、帆がばたばたと膨らんだ。

雑草の生い茂る路地を通り抜けて、
さっき飲んだ珈琲交じりの吐く息さえも、
ぼくは、

風をあつめて
蒼空を翔けたいんです。

薫風(くんぷう)

余花

余花

平安時代以降の詩歌の中で、「花」と言えば「桜の花」のことを指す。
「余花」とは、山間部や北国で見られる遅咲きの桜のことで、「若葉の花」と同様に夏の季語になるのだ。

こんな時期に、こんなところで再び会えるとは。

余花に逢ふ再び逢ひし人のごと
高浜虚子

余花(よか)

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立夏前、四月の写真になるのですが、桜リバイバル。こちら岐阜の飛騨の方に出かけましたら、富山よりも1、2週ばかり桜

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風炉点前

風炉点前

「風炉」とは、畳の上に置いて釜をかけ、湯を沸かす茶の湯の道具である。茶室の畳を四角に切って炉をしつらえ、灰を入れて火を焚き、湯を沸かす。

幼少期より、定期的に顔を見せに行く親戚夫婦の家があった。二人は母の、そのまた母の血縁か何かで、母の旧姓と同じ苗字をしていた。二人の間は子どもがいなかった。僕らとは、ほぼ祖父母と孫くらい歳が離れていたから、毎度それは大層可愛がられた。二人が住む家には、奥の和室に

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立夏

立夏

立夏、暦の上では夏の到来だ。

先日、藤を見た。
大きく垂れ下がる立派な藤。

かの有名なガウディのサクラダファミリアは、上下にひっくり返したワイヤーで模型を作り、荷重や構造をみていたそうだ。

この藤も、もしや逆さに立ち上がるのかも。

匂い立つ。頭上の立夏、藤の城。

立夏(りっか)

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写真を撮ろうと近付けば、大勢の熊蜂にめちゃくちゃ縄張り争いされた。
小学校の通学路付近。こち

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菖蒲葺く

菖蒲葺く

東京や菖蒲葺いたる家古し
正岡子規

この菖蒲(しょうぶ)とは、豪華な花をイメージする「花菖蒲」ではなく、細長い剣形の葉が主となる多年草を指し、こちらは区別のために「葉菖蒲」とも呼ばれる。蒲のような黄色い花穂をつけ、菖蒲湯となるのも後者の「菖蒲」の方である。

菖蒲葺く。
瓦葺き、茅葺きという屋根材を示すのとは別に、「葺く」には軒端に草木などを差しかざすという意味がある。
正岡子規が見た東京では、

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八十八夜

八十八夜

立春から数えて88日目。
「八十八夜の別れ霜」という言葉があるように、この頃を過ぎると遅霜の心配もなくなるそうで。

ちょっと今夜は、俳句の引用と、立春の日の投稿載せておきます。
あれ、全然創作の時間が取れない、笑
天気が悪い日が続きますが、明日は少し、よくなるらしい。

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母ねむり八十八夜月まろし
古賀まり子

行く春

行く春

四月の終わりは、春の果ても意味していた。
あんなにも待ち焦がれた春が去っていくのは寂しいと、春を惜しむ季語は数多い。

しかし、現代は新年度の始まりも相まって、
晴れやかな春のイメージに引っ張られて、
なんだか少し、無理をしているのかなと、
在りもしないきらきらを出そうとしているのかなと、
きっとそういう歪みが集まって、
淀んだ澱が重なって、
五月に病を付けてしまったのかも知れないと
そんなことを

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四月尽

四月尽

人に愛されたいと願いながら、
同時に、人が見出した期待に猜疑を抱いている。
そして囲まれた柵の抜け穴を求めて、
誰も私を知らない世界へ行きたいと願っている。

二月尽から、早二か月。
抱える二律背反は今や恐怖を伴って、
他者と自己の狭間を彷徨っていた。

そんな私は四月人(じん)。
迷える牡羊座の生まれである。

四月尽(しがつじん)

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