奇縁堂だより 37【本の紹介:短歌と俳句】
先般,15年ぶりに上野駅経由で出かけて来ました。かつては,東京の北の玄関口として,駅舎内は独特の雰囲気を醸し出していた上野駅。
しかし,東京駅を起点とした新幹線が整備されるのに伴い,良くも悪くも普通の駅舎に様変わりし,駅中のテナントも都内のどこにでも見受けられるもが大半を占めるようになってしまいました。
ところが,15年経っても変わっていないものが,15番線の行き止まりにありました。石川啄木の歌碑『ふるさとの 訛なつかし 停車場の 人ごみの中に そを聴きにゆく』です。
新幹線が整備される前の上野駅には,確かにこの短歌が現す故郷の気配が漂っていました。この碑は1985年(昭和60年)に東北新幹線が上野駅に乗り入れたのを記念して建立されたそうですが,これをアイロニックとして感じてしまうのは私だけでしょうか?
今回は啄木の『一握の砂』を紹介…と思っていたら,在庫がありませんでした。そこで啄木繋がり,いや短歌と俳句繋がりということで,歌人と俳人を取り挙げた小説を4冊紹介させていただきます。
紹介作品一覧
○『猿丸幻視行』 井沢元彦
○『西行花伝』 辻邦夫
○『悪党芭蕉』 嵐山光三郎
○『ひねくれ一茶』 田辺聖子
作品紹介
○『猿丸幻視行』 井沢元彦 四六判 ¥330(税込)
時は明治時代後半。平安時代の三十六歌仙のひとりに数えられる伝説の歌人・猿丸大夫。彼は百人一首にも収録されている「奥山に 紅葉踏み分け 鳴く鹿の 声聞くときぞ 秋は悲しき」の歌を詠んでいるが,謎の多い人物である。
民俗学者であり国文学者でもある折口信夫が猿丸大夫の秘密を探っていたところ,彼は殺人事件に巻き込まれる。一体何が起こっているのか?
猿丸大夫の正体に近づくため,“いろは歌”に隠された秘密の解明に折口信夫が挑む。
○『西行花伝』 辻邦夫 文庫 ¥350(税込)
西行は平安時代末期から鎌管時代初期の歌人。もともとは北面の武士でしたが,故あって出家し西行と名乗ります。俗世を離れ,権能・武力の現実とせめぎ合う乱世に,花鳥風月を愛で,自身が求める “美”に生涯徹しました。
百人一首に登場する有名和歌は『嘆けとけ 月やは物を 思はする かこち顔なる わが涙かな』です。
また,西行は桜をこよなく愛し,多くの和歌を残しています。晩年に詠んだ『願はくは 花の下にて 春死なむ その 如月の 望月の頃』は夙に有名で,私も大好きです。
本書は,西行の生き様を淡々とかつ美しく描いています。第31回谷崎潤一郎賞受賞
○『悪党芭蕉』 嵐山光三郎 四六判 ¥440(税込)
私は『…芭蕉は俳聖という名の商品と化してしまった。しかし,その弟子たちは,裏切り者あり,斬殺犯あり,流罪者ありのトンデモない危険人物ばかり。そして,蛙の飛び込んだ“古池”は,枯淡の聖なる池ではなく,ゴミも浮いている混沌の池だった…神格化され、宗教となった芭蕉の真実の姿を描く,画期的芭蕉論』という帯(表4)に付された解説を読み,この本を買いました。
『古池や 蛙飛び込む 水の音』という句に,私は静謐と清涼を感じ取っていたのですが…それでは“奥の細道”に出てくる『閑かさや 岩にしみ入 蝉の声』にはどんな意味が…
嵐山光三郎の手にかかると俳聖・芭蕉はこんなヤバい人になる!新しい芭蕉論がここにあり!
第34回泉鏡花文学賞ならびに第58回読売文学賞(評伝・伝記賞)受賞
○『ひねくれ一茶』 田辺聖子 四六判 ¥880(税込)
幼くして母を亡くした一茶は,義母と馴染めず15歳で江戸へ奉公に出されました。苦労の末,20歳ころから好きな俳諧に打ち込むようになります。
貧窮の行脚俳人として放浪し,辛酸を舐めながらも俳句作りに没頭し,『痩せ蛙 負けるな 一茶ここにあり』,『我と来て 遊べや親の ない雀』,『雪溶けて 村いっぱいの 子どもかな』など,少し“ひねくれ”てはいますが,自由で美しい童心に満ちた俳句を詠みました!
本書は,母性に安寧を求め,女性に情熱を注ぎ,俳句に己を託した,小林一茶の壮烈な一生を見事に描き切っています。
第27回吉川英治文学賞受賞
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