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総合大学の学生がUIUXデザイナーになるまで

就活を終えてからだいぶ日が空きましたが、先日UIUXデザイナーとして内定をいただきました👏

就活をしていて多くの紆余曲折があって、デザイナーが果たして自分の本当にやりたいことなのか、デザイナーになってどんなキャリアを描くことができるのか、そんな中でも最終的に内定をいただき、UIUXデザイナーとしてファーストキャリアを歩んでいこうと決めました。

もちろん今の自分には1ミリも満足はしてないし、就職後にどんな形で自分の人生が進んでいくのかわからないし、この選択が失敗になる可能性だってあると思いますが(会社ではなく自分の行動次第という意味で)、
大学生に入ってからの自分を振り返りつつ、これからデザイナーを目指す人の参考になってくれればいいなと思い、デザイナー就活とこれからの自分について書いていこうと思います。

きっと前置きがめちゃめちゃ長くなると思いますが、お付き合いいただけると幸いです。

僕について

いろいろお話しする前に自分の今について軽く書いておこうかと思います。

プロフィール

名前
小野恵一郎
大学
慶應義塾大学商学部
就職先
株式会社Relic
個人事業
ぼちぼち仕事もらってます
その他
インターンなど

あとは、えっーと。。。。。

あんまり書くことありませんでした。

大学入学

2019年4月に大学に入学しました。
入学当時の自分は飲み会に明け暮れたりするような典型的なしょーもない大学生ではなく、自分のやりたいことや必要なことをする4年間にし、いろんなことチャレンジしようと思っていました。

もちろん全部は書ききれないので、一部抜粋しながら大まかに振り返っていきたいと思います。

大学入学時から3年の3月まで、小学生時代に所属していたサッカーチームでコーチをしていました。
自分が所属していた当時も都大会ベスト8などの好成績を収めていたし、同期で青森山田のスタメンで全国制覇したやつがいたり、そもそも都内でかなり有名なチームでいきなりコーチをやるなんてなかなか世間知らずのアホな18歳だったなと思いますが、決してプロを目指しているわけでもなく、選手として学べることは高校まででほとんど学んだと思っていたので体育会にはさして興味は湧かず、、、かといってわざわざサークルに入って大好きなサッカーを遊びでするなんて考えられなかったので、当時の自分としては申し分ない環境だったなと思っています。
サッカーは大好きなので、サッカーをやめるという選択肢は残されていなかったなと今になって思います。

そんな当時の自分ですが、なんだかんだ体育会気質に染まっている僕なので(今もあまり抜けてません笑)、入学当初はなんとなく商社とか行くんだろうなとぼんやり考えていました。別にそんなこともないのに、入学当初は、そんな気分が抜けず、真っ先に思い浮かんだのは何の考えもないありきたりなみんなが考えるような普通の進路でした。

そんな中で大学1年の間をずっと過ごしてきたわけですが、1年の最後にとある転機(?)が訪れます。
大学1年の2月に1人でしばらくポルトガルに行く機会がありました。現地ではもちろん1人なので日本語を使う機会も全くなく、ただただ現地の空気を吸って、美味しいご飯を食べて、観光地を巡って、1人で観光も楽しんでこようかなくらいの気持ちで行ってきました。
しかし現地の方々と交流するうちに、自分の今までの考えを変えなきゃいけないなと強く思うようになりました。

日本人は暗黙の了解や協調性を重んじますが、裏を返せば自分の考えをしっかりと持っている人、伝えられる人が少ないとも言えます。しかし海外では全くの逆です。

例えば、ある日本人の例では「世界中に石油などを運び世界を股にかけた仕事をしたい」とアメリカ人に言ったところ、「そんなみんながやっていることをやってどうするんだ。誰もやってないことをやらないと意味ないじゃないか」と言われたそうです。

もちろん、そんなことは日本にいても表面上は理解していたし、今まで小中高と海外にも何回か行っていて、ヨーロッパも数回目だったので、今回もいつものようにのほほんと旅行に行っていました。

実際に1人なので現地でコミュニケーションをとる人は必然的に全員外国人。向こうの人に日本のことを聞かれても全然答えられないし、逆に自分も向こうの人や国について自分からもなかなか聞くことができずにめちゃめちゃ悔しかったし、いろんな人と話している中で、一人一人が自分の考えを本当に持っているんだなと感じました。
日本でも、自分なりに持っているつもりで、周囲にこいつしっかりしているなと言われるやつもそれは全然大したことなかったりします。
みんなが嘘八百並べて話しているようなの就活にもすごい嫌気も刺していたし、まずは自分のやりたいこと、なりたい姿を見つけ、本気でそれを理解し、応援してくれる人や会社に出会いたいなと強く思うようになりました。
ちらっと就活のことが出たので余談ですが、俺は普通の人がやっているようん就活は絶対にしたくないし、慶應の奴らなんかと同じ就活なんて俺はしないぞと何故か勝手に決めていました。(意固地になっていただけかもしれませんが笑)

ちなみに滞在中一番悔しかったのはバス停でバスを待っている間にギリシャから観光に来ていたお姉さんとお話をしていて、しばらく談笑していたにもかかわらずインスタ交換すらできなかったことです。セクシーでめちゃめちゃエロかったので本当に悔しかった。

冗談はさておき(悔しかったのもセクシーだったのも本当)コロナになる直前のタイミングでいろんな価値観に触れ、自分に足りないものや目標を見つけなきゃこの先自分やばいと思うような体験に出会えたことは非常に良かったのかなと思います。

コロナ禍に

しばらくポルトガル旅行に行っている間に日本中の学校が閉鎖されたり、ディスニーが閉園したりと様変わりし、帰ってくる頃には全く違う生活が待っていました。

外出を制限され、大学にも通えず、バイトのシフトにも入れず、教えていたサッカーチームも活動休止、、、
当初はやはりどうすればいいかわからず1~2ヶ月はこの状況下で悶々と過ごしていました。

授業は全てオンラインになり、ずっと家で軟禁状態で本当にキツかった、、、(みんなそうだと思うけど)。

唯一の外出は教えていたサッカーチームの保護者から「休止期間でも何かしてほしい!」という要望で始めたコーチ間でのYouTube運営でした。とりあえずPCは得意な方だったので、サッカーに関する企画、撮影、編集をコーチ3人ほどで担当し、動画を作ったり、高校時代に冬の選手権に出場した同期にインタビューをさせてもらってそれを動画にしたりして、選手の家族たちに動画を届けていました。

何かしなかきゃやばい、、、と、そんな感情を抱いた僕はとりあえずITに触れてみることにしました。

何をしようかと考え自分がまず行ったのはプログラミング。
そんなに深く考えずにパッと思いついただけですが、参考書を買って、HTMLやCSSを独学で勉強し始め、軽くJavaScriptやPHPも触りました。

プログラミングを学習し始めて

実際にプログラミングを学習し始めましたが、自分にとっては思いのほかコードを書くのが楽しかったです。

最初は本当に基礎も分からない状態で始めましたが、やっていくうちにだんだん自分にできていくことが増えとても楽しかったのを覚えています。

最初は自分で全部のコードを書いて基礎を覚えるために、あえて書籍を購入し、全て自分でコードを書くところからスタートしました。

物作りも好きだった自分は、何かしらのサービスを作りながら学習を進めようと思い、育成年代のサッカーチーム同士が交流を深めるためのサービスを作りました。
チーム同士の交流のプラットフォームは想定よりも需要はなさそうなので、街クラブ以下のチーム管理に関するSaaSをいつか作りたいなと思っています。(基本的に監督は年配の方が多くてスマホ使うのも一苦労なので使ってもらえるのはずっと先になりそう

もちろん今でもプログラミングは勉強中ですし、基礎すら全くわかっているとは思いませんが、この経験が今のデザインをしている自分にとても有利な経験であることは間違いありません。
商学部×プログラミング×デザインの3つに在学中に触れられたことで知らぬ間に自分の視野は広がってるのかなーなんてたまにふと思ったりもします。

プログラミングの学習を進めるとともに、大学2年の秋冬頃からエンジニアも視野に入れて就活をしようかなと思い、たまたま知り合いだったテック会社の社長の人にお願いして2年の冬にインターンをさせてもらったりもしました。その会社はホワイトハッカーの集団で、エンジニアのトップ中のトップが集まるような会社だったので、今振り返れば到底そんなところに行けるわけありませんでしたが、その社長がIT業界のことやセキュリティエンジニアのことなど、ただの世間知らずでクソ生意気なガキにめちゃめちゃ優しく色々と教えてくれました。

そんな感じでエンジニアもちょろっと見つつ、けどやっぱり総合職がいいのかなーなんてふわふわした状態のまんま、大学の3年になるあたりからぬるっと就活を始めてみました。

やりたいことをやりたいし、かっこいい自分になりたいし、人と一緒なんて絶対に嫌だ!みたいな感じで就活を始めましたが、
慶應だしなんとかなるかな、なんて思いながら、なんだかんだダラダラしながら夏を迎えてしまいました。

就活開始

そんなこんなで就活を開始させた僕ですが、サマーインターンはコンサル系が多かったですがごくごく普通の大学生がいくような会社のインターンに行っていました。

サマーインターンが終わると結構気が抜けて、かなりサボり始めました(笑)。きっと真面目な人とか外資にいくような人は夏が終わった秋こそが頑張り時だと思いますが、別に自分に鞭打って就活をやっていたわけでもないし、外資系企業も聞こえはいいけど行きたいとは微塵も思わなかったので、ちょっと興味あるところや幹部候補的なところの本選考を4社くらい受け始めました。

最終的にそのうち2社は受かって1社は最終面接前に辞退、もう1社も途中で辞退しました。
結局そのどこにも行かなかったけど、きっと当時の自分は就活のための就活をしてたんだなと今になってすごく思います。

そんな中で、大学に入ってからプログラミングを学習しつつも自分はエンジニアでもないしなぁ、さらに上流工程で仕事をしたいなぁ、と感じ始めていた僕が3年の夏頃から勉強し始めたのがUIUXデザインでした。

正直、当初の自分はデザイナーなんて稼げないしそんなに大した仕事でもないでしょと、言葉を選ばずにいうと見下すような感じでデザイナーをイロモノ扱いしていました。しかし、プログラミングをやってみて、実際にモノづくりにはデザイナーは絶対に必要だし、ただ見た目を整えるだけじゃなくてデザイナーにしかできない手法で新しいものを生み出していくんだ!と大きく認識が変わり、そこからデザインに興味を持ちました。

デザインの勉強を始める

そんなこんなでデザインの勉強をし始めるわけですが、そこで最初のデザインの入り口になったのがGeekSalonという学生限定のプログラミングスクールのUIUXデザインコースでした。

ここでは学生が学生に教えるというスタイルなので、もちろん実務とは程遠いし、2ヶ月間のカリキュラムでデザインを完璧に習得できるはずもありませんが、そんな中でもデザインって面白い!もっとやってみたい!とすごくありきたりなことを感じ、そこからデザインについてもっと知りたいなと思い、そのままGeekSalonでメンターとして活動し始めました。

専門的ではなくともそれなりに定期的にデザインに触れる機会を作ることができ、そこからGeekSalonのように型にハマったようなデザインではなく、自分の進みたい分野に向けて自分のスタイルで勉強を始めるようになりました。

基本的にエンジニアだろうがデザイナーだろうが、どんなスクールに通ってもテンプレートをコピペするだけで実際にアウトプットできるようになるには受講後にもっと自分で経験を積まなければいけません。
スクールに通ってテンプレートに沿ってプロダクトを1つだけを作って卒業してそこで学習を終了すれば、1つの成功体験にはなるかもしれませんが、全くもって再現性のないただの自己満足です。

就活なんかのためじゃなく、自分が仕事をするため、今後生きていくために求めているのは、そんな綺麗な言葉だけを並べた薄っぺらい"成功体験"ではなく、自分の力で状況を打破できる能力や、どんな状況でも柔軟に対応できる能力、自分のビジョンを実現させることのできる力でした。
わざわざお金を払って自己投資をして満足感だけを得る、それだけで終わるような人間ではダメだと、少なくとも自分ではそう思っていたので、メンターをしつつもそこで教えるデザインとは全く別で、独自にずっと勉強をしていました。

結果的に、3年の夏から勉強し始めたデザインにまんまとハマってしまい、それと同時にファーストキャリアではUIUXデザイナーになりたいなとぼんやり考え始めました。

それが僕のデザイナー就活の第1歩でした。

デザイナー就活

年末頃から、ポートフォリオもまともにない状態でデザイナー就活を始めました。

元々新卒で入る会社ではクライアントワークをして、セカンドキャリア以降で事業会社に入ろうと思っていたので、まず最初はそれに該当するようなデザイン会社の説明会に参加したり、wantedlyで応募して面談をしてもらったりして必要な情報を集めていきました。

自分は、ポートフォリオで大事な要素や、これからのデザイナーに必要なこと、今の自分のポートフォリオを見てもらって自分に足りない部分を聞いていきました。

自分は完璧主義者で、ちょっとでも何かできなかったら悲観的になったり自分をめちゃめちゃ責めたりしてしまいますし、総合職と並行しながらデザイン会社の面接も数社受けていましたが、もちろん落ちたりした企業もあって自信を失うこともありました(まだポートフォリオがなかったので今思えばなんでその状態で受けたんだという感じですが笑)。
ありがたいことにこんな自分を評価してくれて、早いうちに総合職で複数社内定をもらうことができたので気持ち的には少しだけ余裕もあったのかなと思います。

9割以上の就活生が直面すると思いますが、就活が終わってたり大企業に受かっただけだったり、なぜか最終面接に行っただけで〇〇の内定取れそうとか、しょうもないことでマウントを取ろうとしてくるような奴らが大学とかにいて普通にうざかったですが、もちろん就活中に自分を理解してくれる人はいなかったし、自分を救えるのも認めてあげられるのも自分しかいません。
特に人に自慢するでもなく、自分がこれでいいと思える選択をできた自分をすこーしだけは認めてあげられるかなと思っています。

3月ごろに最終的なに就活で使っていたポートフォリオが完成し、そこからはいきたい会社を絞って選考を受けていきました。

使っていたポートフォリオ↓(今は変更あります)

当時の会社選びの軸としては、様々な分野で事業が生まれ育ち、維持されていく過程に関わることのできる会社・個を圧倒的に尊重する会社・商品ではなく自分自身の価値で勝負できる会社、ビジョンへの共感etc…など様々ありました。
もちろんファーストキャリアなのでやりたいことというよりも、将来やりたいことをするために自分に必要なものがある会社を受けていましたが、それでも自分が働きたいと思える会社じゃないと続かないと思っていたので、その両方を持つ会社や妥協点にあるような会社を受けていきました。

デザイナーは募集企業が少なく普通の就活サイトでは探しきれなかったので、実際のところ会社選びは難航していました。
ReDesignerに載っているような企業ももちろんいいけれども、共感できるような会社がほぼほぼ皆無だったので、自分はほとんどWantedlyで企業を探していました。

Wantedlyはビジョンベースで企業と繋がれるビジネスマッチングサービスなので、自分に合う企業を探すにはもってこいでした。

そこから紆余曲折を経て、最終的に今の会社に出会うことができました。
選考を進んでいくうちに、個を本当に尊重しているんだなというのが伝わってくるとともに、会社の規模感や事業内容的にも自身の成長に繋がる環境だと感じていました。

選考が進んでいくにつれ、親身になって色々な話をしてくださり、志望度も指数関数的に上がっていきました。面接前に以前書いたnoteやポートフォリオを穴が開くほどみてくださっていて、他の企業に比べ、自分のことをしっかりと見ていただいたような気がしてとても嬉しかったのを覚えています。

選考はそのまま進んでいき、自分が思っていたよりもすんなりと通ってしまったので、逆にちょっと不安でしたが、そのまま内定をいただくことができたのでホッとしました。

15社ほどしか受けませんでしたが、最終的には5社内定をいただき、その中でいろんなことを吟味しながら会社を選び、結構遅めの時期に差し掛かっていたとは思いますが、無事に就活を終えることができました。

内定がないと焦りから就職することがゴールになりがちだと思いますが、デザイナーになることが目的ではなく、やりたいことや実現したいことのためにデザインを選んだという軸はずっとブレずに就活できたので、それを後押ししてくれる企業に出会えたことは非常に良かったなと思います。

結局大事なのは、デザイナーだろうが総合職だろうがそれを手段としてどのように自分のやりたいことを達成するのかが大事なのかなと思っています。

企業を選ぶことも、どんな職種になるのかも、そもそも仕事をすることだって手段だと思っています。
極端な話、ニートとして生きていく力があるのであれば一生をニートとして生きてくことだって正しい選択だと思っています。

自分がデザイナーになったこともあくまで手段でしかなく、———もちろんデザインは好きで楽しいですが———実際、面接でもデザイナーになりたいというよりは、自分が何をしたいか、そのためになぜその職種になるのか(デザイン力に関しては皆無だったので、、、笑)、なぜその企業がいいのか、しか話していませんでした。その手段としてデザインはとても合っているし自分のやりたいことでもあったのでデザイナー就活をしていました。

自分は割と目的志向で何かを達成するためなら手段は犯罪以外なんでもいいと思ってるし、体育会系の人間で泥臭いこともできるタイプなので、どの分野に行ってもそれなりに生き残っていく自信はありますが、
自分自身が一番いいと思ったことを自分の意思でやっていくことが大事だと思うので、そこは自分が決めた道で頑張りたいなと思っています。

デザイナーになる

かくして、大学を卒業しなければならないというハードな条件付きで、無事にデザイナーになることが決まりましたが、果たしてこれが本当に最善の選択なのかはわかりません。
世の中は自分の知らない選択肢で溢れていて、何が正解かなんてわからないし、そもそも正解なんてないのかもしれません。
それでも、デザイナーとして自分の地位を確立して、胸を張って「自分」を語れるようになりたいと思っています。いや、絶対にそうなります。

自分の選んだ道を正解にできるのは自分の行動次第です。

デザインを基点としてやりたいことはたくさんあるので、会社に頼るのではなく、自分でこれから色んなことにチャレンジしたり、いろんなところで活躍できるような自分になりたいなと思います。

ベンチャーという生き方

慶應に通っていれば大学の名前だけで生きていける世界ももちろんあるとは思う(もちろんそれだけじゃないけど)し、周りにはブランドを気にしたり、周りと比べたりするような奴らばっかで、そこにいれば自分は異色です。それでもはっきり言ってスキルも何もない自分が、学歴で入れるような大企業に入らず、大げさに言えば自分の学歴を捨てて自分自身の実力だけで勝負する世界に飛び込みました。ましてや今通っている商学部とは一見かけ離れているデザイナーという分野です。

もちろんベンチャー企業に入っても、いわゆる大企業(もちろん全ての企業がそうじゃない前提です)のようにマニュアル通りの仕事をすればそれなりに評価されて年功序列的に地位や収入も上がっていくかと思います。逆に大企業のような仕組み化された組織の中でもベンチャーのように生きていく方法はいくらでもあると思います。

大事なのはどんな環境でも自分のできる100%のことをすること、自分を表現することかなと思います。

自分はこれからの人生、組織に依存するのではなく、自らの行動に価値がある人間になりたい。そうやって生きていきたいなと思ってます。

人間万事塞翁が馬

これは自分の座右の銘です。

以前書いたnoteでも触れたかと思いますが、この言葉の根幹には、「人生における幸不幸は予測しがたい」という意味があります。そこからいろんな意味が派生しているみたいですが、自分は ”今の状況が良くても悪くてもそれはちょっとしたことでいくらでも変化するので、どんな時でも一喜一憂せずに、準備を怠ってはならない”、”常に今起こっていることに気持ちを左右されず、常に将来起こり得る全てのことに対して備えなければならない”といった意味で使っています。

自分はなるべく起こっていることに対して感情を出さないようにする人間で、どちらかというと常に冷静でいることの方が多いと思います。

例えば、高校までは現役でサッカーをしていたので、ピッチの中では演技でも感情を爆発させたり、大学に入ってからでも表面上はあえて人前で感情を出していることもありましたが、常に頭の中は冷静に物事を捉えることを意識していました。

何が起きても冷静でいられることは自分の強みだと思っていて———悪く言えば他人に対しては薄情だと言えるかもしれませんが———自分によっぽどのことが降りかかってこない限りは、何が起きてもうまくできると思っているし、だからこそ自分がいろんなことに挑戦して、たとえ失敗したとしてもそれを糧にする力はあるんだろうなと思っています。

人生は挑戦の連続だからこそ、目的は見失わずに、いろんな手段でそれを達成できるように挑戦し続けていきたいなと思っています。

そして、これから

心とココロで繋がり、皆が自分を愛する世界を。

自分のことを好きな人で増やしたい。
早くて便利な世の中になった一方で、希薄になったコミュニケーションを取り戻したい。

こんなことを自分は思っていて、それの達成のために、これから頑張っていきたいなって思っています。

今はまだ自分のことがめちゃめちゃ嫌いで日々嫌悪感ばかりですが、まずは自分を少しずつでも認めてあげること、好きになることから始めて、そこからその輪をどんどん増やしていけたらなと思っています。

終わりに

ここまで読んでくださった皆さんありがとうございます。
拙い文章だったとは思いますが、いかがでしたでしょうか。

全然就活ノウハウとかではなく自分語りになってしまったので、あまり参考にならない記事になってしまった気がしますが、今後どんなことが起きても絶対に味方になってくれる人はいるし、絶対になんとかなります。
もちろん私もみなさんの相談に乗ります!笑

きっとデザイナー就活している人はデザイナーになりたいという強い意志を持っていると思いますし、一人ひとりに必ず光るものがあると思っています。

だからこそ、最後まで自分を信じてあげてください。
辛い時は抱え込まずに気軽に誰かに相談してね!



You never lose.
Either you win or learn!!


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