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禅語の前後

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禅の言葉をテーマに何か書いてみよう、という試み。
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#禅

禅語の前後:一華開五葉(いちげ ごように ひらく)

禅語の前後:一華開五葉(いちげ ごように ひらく)

 花びらの数が5枚の花は、統計的に多いのだという。
 なぜ5枚なのか、世の中にはいろんな説があるようだ。黄金比。フィボナッチ数列。凹型の空間を効率よく埋める比率。全方位から虫を集めるために最適な形状。
 僕たち人間の指も5本だ。日曜日の朝にテレビでやってる、なんとか戦隊なにレンジャーとかも、たいてい5人組のようだ。何かしら5という数字には、自然と使われる丁度よさがあるのだろう。

 禅宗の初代達磨

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禅語の前後:無影樹下合同船(むようじゅ げの ごうどうせん)

禅語の前後:無影樹下合同船(むようじゅ げの ごうどうせん)

 もう10年以上も前の話、独りでパリに行ったことがあった。
 セーヌ川の観光船で乗り合わせた、韓国から来た団体旅行中のおばさんたちのひとりに、英語で話しかけられた。当時の僕はまだ独身で、2年に1回くらいは独りで海外に行っていた。そんな話を僕がすると、あなた人生を楽しんでいるわねぇ、と彼女は笑って言った。

 その彼女との会話は、なぜだか不思議に、僕の中に消えずに残っている。船から見たセーヌ川の景色

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禅語の前後:祖仏共殺(そふつ ともに ころす)

禅語の前後:祖仏共殺(そふつ ともに ころす)

 僕の四国の実家には、居間の仏壇のなかに大柄な回出位牌があって、戒名や没年を書いた小さな木札が二十枚くらい収まっている。いちど調べてみたら、いちばん古い年の木札は天正六年となっていた。これは戦国時代、利休さんと同年代になる。我らがご先祖さまは、そのころに四国の山奥にまで落ちのびてきたようだ。
 朝夕まいにち、子椀ふたつの御飯と、湯呑ひとつの茶とをお供えする。誰かから土産にお菓子などをもらったら、ま

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禅語の前後:向南見北斗(みなみに むかって ほくとを みる)

禅語の前後:向南見北斗(みなみに むかって ほくとを みる)

 北斗七星は目立つ星座なので、古代からいろいろと言い伝えが多い。中国などでは昔から神さま扱いされていて、例えば三国志演義で赤壁の戦いを前にした諸葛亮孔明が、祭壇を設けて風が吹くように祈る、その祈っている相手が、この北斗七星なんだそうだ。

 その名の通り、この星座は夜空の北に見える。
 柄杓に例えられるその星座の、一番目と二番目の星を繋いだ線を先に延ばせば、北極星に当たる。とうぜんながら、南を向い

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禅語の前後:秋雲秋水兩依依(しゅううん しゅうすい ふたつながら いいたり)

 いまから千年ほど前の中国にいた禅僧法演は、今も日本で続く臨済宗の中興の祖といわれていて、高名な僧の師匠筋にもあたり、自身でもいろいろと書き残している。
 文学的な才能もあった人のようで、こんなふうな秋の別れの歌も残っている:

送黃景純 法演  黃景純を送る
 
秋雲秋水兩依依  秋雲 秋水 両つながら依々たり 
寒雁聲聲度翠微  寒雁 声々 翠微を度る
多向洞庭青草岸  多くは向こう 洞庭青草

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禅語の前後:前後際断(ぜんご さいだん)

禅語の前後:前後際断(ぜんご さいだん)

「ポストペット」を作った人としても有名な八谷さんは、ジェットエンジン積んで本気で飛べるリアルサイズのナウシカのメーヴェを造っちゃった人でもあって、みずからトレーニングして乗りこなしてもいる、素敵な大人である。

 八谷さんが以前、飛行機乗りの哲学について呟いていた。

「前に持ってたものの事は考えるな」「後ろを振り返る余裕なんてない」、空を飛び、命を懸ける場ならではの、徹底的に現実主義的な発想だ。

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禅語の前後:無事是貴人(ぶじ これ きにん)

禅語の前後:無事是貴人(ぶじ これ きにん)

 1995年11月、とあるバンドが出したシングルCDは、彼らとしては初めてオリコン・チャートにランクインした。

 それは大した順位ではなかったのだろう。しかし、「こんな曲が」これまでになく、広い範囲で受け入れられたのである。「フィッシュマンズ」という存在をとことん純化することだけを主眼としたような、この上なく「わがまま」な内容であり、しかもそれが、淡々と六分以上もつづいていくこのナンバーが、「こ

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禅語の前後:廓然無聖(かくねん むしょう)

禅語の前後:廓然無聖(かくねん むしょう)

 だいたい900年前、中国は宋の時代に書かれた禅のテキスト、100のテーマについて書かれた「碧巖録」の、最初の1つめのテーマに選ばれているのが、この言葉。
 「廓」は本来、城や都をぐるっと囲う土壁を意味する漢字で、転じて「広い」「大きい」「空しい」といった意味を持つ。

 今から1500年くらい前、禅宗の開祖である達磨が西の天竺から中国を訪れたころ、南朝の武帝は自身も仏教の学者であり、あつく仏教を

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禅語の前後:人面桃花相映紅(じんめん とうか あい えいじて くれない なり)

禅語の前後:人面桃花相映紅(じんめん とうか あい えいじて くれない なり)

「人面桃花…」は、今から1200年ほど前、中国唐代の崔護という詩人の歌の、二句目の部分にあたる。

去年今日此門中  去年の今日、此の門の中
人面桃花相映紅  人面桃花相映じて紅なり
人面不知何處去  人面は知らず、何処にか去る
桃花依旧咲春風  桃花旧に依って春風に咲む

 去年の今日こちらのお宅で、美人さんの顔と桃の花とが、互いに紅色を映し合っていた。あの美人さんは何処に行ったのやら、けれど桃

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禅語の前後:忘却百年愁(ひゃくねんの うれいを ぼうきゃく す)

禅語の前後:忘却百年愁(ひゃくねんの うれいを ぼうきゃく す)

 寒山という、中国・唐代初期の伝説的な人物が、書き残したと言われる詩の一節。
 この寒山さん、実在したとしたら相当ぶっ飛んだ人物だったようだ。頭には樺皮を被り、ボロを着て木靴を履き、夏にも雪が残るような寒い山に住み、挨拶されると大笑いして山へ逃げ去る。…人物というより、むしろ妖怪じみている。
 この詩は、彼が山中のあちこちに書き残したものを集めたなかのひとつ、と言われている。題名も無く、通称として

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禅語の前後:大善知識還入地獄也無(だいぜんぢしきも また じごくに はいるや いなや)

禅語の前後:大善知識還入地獄也無(だいぜんぢしきも また じごくに はいるや いなや)

 中国産SF小説「三体」の続訳「黒暗森林」が出た。さっそく読んでいたら、意外と禅モチーフが多かった。現代中国の作家さんも、禅を良く知るものか(それとも、この作家さんが少し変わっているのかもしれない…銀河英雄伝説も引用してるし…)。
 作中のキーワードになる「面壁」は本来、壁に向かって座禅する禅僧の修行スタイルを指す言葉だし、メインキャラのひとり章 北海のクライマックスシーンには、著名な禅僧である趙

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禅語の前後:円空(えんくう)

禅語の前後:円空(えんくう)

 円、えん、まどか。丸、完全さ、和やかさ、を意味する。
 空、くう、そら、から。何も無いこと、を意味する。
 円空、完全に何も無い。これが、禅に繋がる大乗仏教の、コアなコンセプトであるという。

 何もない、というのをことさら重要視するというのは、奇妙な話ではある。いったいなんなんだろう、と、ちょっと歴史を追ってみたら、この二〇〇〇年の間にいろいろな解釈が生まれたもののようだ。

紀元前三〇〇年、

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禅語の前後:山花開似錦(さんか ひらいて にしきに にたり)

禅語の前後:山花開似錦(さんか ひらいて にしきに にたり)

「山はいま錦の綾なす花ざかり」というと、めでたく春めいて聞こえる。
 咲いて散る、とくに桜の花などには、滅びの美学などを重ねることもできる。「ねがわくは花のしたにて春死なむ そのきさらぎの望月の頃」は、西行法師の有名な歌である。その歌の通りに、西行法師が二月の満月のころに亡くなられたというニュースは、当時の京の都に一種異様な興奮をもたらしたという。

 花見酒もいいよね。…話がそれてきた。

 元

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禅語の前後:大道透長安(たいどう ちょうあんに とおる)

 何か儀式的なことをしたほうがよいかと二人で話して、僕と彼女は互いの両親の顔合わせと結納とのために、ホテルの離れを借りて宴席を設けた。
 離れは茶室としても使える部屋で、「大道透長安」の掛け軸が用意してあった。ホテルの人が、門出を祝うような意味合いを込めてくれたのだろう。

 これは唐の時代の有名な禅僧、趙州の逸話から来た言葉だという。「道とは何でしょうか」と若い僧に尋ねられた趙州は「道なら、うん

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