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過去の自分が許せない

夢を持つのは無料なので、私は昔から色んな夢を持っては諦めてきた。

中学の頃は修学旅行で京都へ行ったあとから舞妓さんになりたかったが、私が高身長なのと、ハーフ人なのでどうしても顔が濃くて日本人ぽくなかったから諦めた。家も関東だったので、親にも言い出せずに終わった。

その次には、うたのおねえさんになりたかった。なるには600倍の倍率を勝ち残る必要があったので、私は必死に、おかあさんといっしょに出てくる歌をめちゃくちゃ大声で毎日歌ってた。声量が必要なのだと友達に宣言していたほど声量にこだわっていた。

だけど、うたのおねえさんのオーディション自体一般には公開されないらしく絶望した。昔から歌の英才教育を受けなきゃなんだと現実を見た。

そして中学卒業間際には、アイドルになることを決意した。勉強1割ダンスと歌9割って感じの生活をしてて、昼休みは地下アイドルになりたい男友達と毎日ライブをやってた。教室の椅子と机を動かしては、その席の子にあとで怒られた。生歌でダンスも完璧なアイドルを目指していたので、筆箱を握ってこれまた声量重視でずっと歌って踊っていた。

他のクラスからもあいつらやべえと言われていたし、だけどとにかくアイドルになりたくて、その男友達とグループ名まで決めてずっと踊ってた。

担任に、「勉強しなきゃ(志望校)落ちるぞ」と言われたので、とりあえず教科書を読んだ。高校は、みんなが行くから行くなんて、そんな理由で進学しようとしていた。暗記は得意だったし高校受検は教科書からしか出ないと聞いていたので教科書丸暗記しちゃえばいいやと思っていたのだ。ていうかそもそもアイドルになるから高校なんて通えなくなるかも〜と思っていた。

無事に偏差値を20上げ、第一志望の高校に入学が決まると、突然、真っ当な道しか見えなくなった。

男友達とダンスは卒業まで続けたが、私はアイドルオーディションを受けているわけでもなければ(志望校落ちたら受けようとしていた)、事務所に所属してるわけでもなかった。

私、本気で夢叶えようとしてんのかな。

そう疑問に思いながらも、私は中学を卒業して高校へ入学。部活一色の生活を3年間送ったあと、無理矢理見つけた保育士という夢を叶えようと大学へ進学した。


なにが縛り付けていたのか今ではもうわからないが、高校に3年間通っていて、なにも考えていなかった。ダンスも歌もたまに適当に踊るだけで、あの頃みたいに本気でアイドルやりたいなんて思っちゃいなかった。なにしてたんだろ。今はもう、高校生だったあの時間のことがあんまり思い出せない。


今になってわかるが、高校3年間のあの時間で、もっとやりたいことをやればよかった。私は誰のために高校へ通い、誰のために無理矢理に将来の夢を決めて大学へ進学したのだろう。


私はアイドルになりたい、


まだそのしこりが胸に残っていて動けない。過去の自分が時間を無駄にしたと、そう思って、後悔だけで胸が潰れそうになる夜がある。

それと同時に、後悔なき選択なんてないのだなと知る。なにを選んだってなにか犠牲になる。なにを選んだって誰かが不幸になる。

そして何かを得る。それが今の私が必要としていないものだとしても、今の私を形成する、知識や経験たち。


諦めるって、たまに必要だ。

今の自分を認めることに繋がるんじゃないかと思う。

まだ私には、過去の私を許すことはできないけれど、だけどきっといつか、「もういいんじゃない?今が楽しいんだし」と、自分を許せる日が来ると信じてる。

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