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名無しの島

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フリーのルポライター、水落圭介はある出版社から、 ある島に取材に行ったきり、 行方不明になった記者を見つけてほしいという依頼を受ける。その記者は古い友人でもあった圭介は、 その依…
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2018年9月の記事一覧

名無しの島 第26章 灰色の手

名無しの島 第26章 灰色の手

「あのドアかしら?」

 有田真由美は、部屋の右端にある扉を指差した。

ノブは通常のものだ。少し錆付いている所を除けば。

有田真由美が、ノブに手をかけてひねるが、びくともしない。

よく見ると、ノブの下に鍵穴がある。

その様子に気づいた小手川浩が、部屋中を探し出した。

すると、配電盤の横の壁にある、小さなフックにキーを見つけた。

小手川浩は、その鍵束を手に取った。その鍵束に視線を落とす。

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名無しの島 第27章 ワクチン

名無しの島 第27章 ワクチン

「感染?何の話なの?」

 小手川浩の言葉を聞いた斐伊川紗枝の声には、

驚きと怯えの入り混じっていた。

「紗枝ちゃん、これにはわけが・・・」

 有田真由美が斐伊川紗枝をなだめようとするが、

彼女のパニックは収まりをみせなかった。

「前から変だと思ってた。水落さんは顔色悪くなってるし、

 小手川さんは左目、銀色に・・・

 あの化け物みたいになってるし・・・」

 斐伊川紗枝の両目から、

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名無しの島 第28章 巨大水槽

名無しの島 第28章 巨大水槽

 その水槽は長さ10メートル、

幅4メートル、高さ3メートルあった。

中には緑色の液体で満たされていたが、4人が目を見張ったのは、

その液体の中に入っている異形のものだった。

それは今までの化け物とは、形態がまるで違っていた。

水落圭介たち4人は、その巨大な水槽の周囲を回りながら、

その異形のものを見ていった。誰もが無言だった。

 元は人間だったものを、両腕を残し、

首と下半身が切

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名無しの島 第29章 小手川浩の献身

名無しの島 第29章 小手川浩の献身

 保存庫の中には他にもあった。

B5サイズくらいの茶封筒を見つけ小手川浩は手に取った。

その袋を慎重に開けてみる。

中には6本の細くて小さい注射器が入っていた。

それは保存状態も良く、

70年以上も前のものとは思えないくらい、真新しい。

「・・・でどうするの?ジャンケンで決める?」

 有田真由美は、おどけた素振りで言った。

「命のかけてのジャンケンか・・・」

 水落圭介もほくそ笑

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名無しの島 第30章 犠牲者

名無しの島 第30章 犠牲者

 化け物を沈めていた水槽に、

クモの巣状に大きな亀裂が入っていく。

亀裂はさらに稲妻のように広がって、今にも破壊されそうだ。

水槽内の人体ムカデは暴れ狂っていた。

人体ムカデは巨大な体躯をうねるようにくねらせ、

20本以上ある腕で、水槽を内側から所かまわず殴りつけている。

二つの上半身の二つの頭は銀色の目を見開き、

裂けたような口を大きく開け、無音の叫びを上げている。

そして、今は

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名無しの島 第31章 銀色の目

名無しの島 第31章 銀色の目

 人体ムカデが、凶悪な形相で迫ってきた。

もう3メートルも離れていない。

だが、水落圭介は鉄扉を押さえている両手を離せなかった。

というより、恐怖で体が膠着して、身動きできないでいた。

有田真由美の凄惨な殺され方を目の当たりにして、

金縛りにあったように、体がいうことをきかない。

意識では早く逃げねばと思いながらも、

どうにもならないでいた。

まるで両手が鉄扉に接着されたかのようだ

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名無しの島 第32章 地響き

名無しの島 第32章 地響き

 その轟音は地鳴りのように響いて、部屋全体を震動させた。

天井からコンクリートの破片が、時雨のように落ちてくる。

間違いない。隣の部屋にいる、

人体ムカデが壁に体当たりをしているのだ。

しかし、壁も厚さは1メートルもあるのだ。大丈夫だ。

水落圭介はそう思いたかった。

斐伊川紗枝は不安そうに、脱出ハッチに足から入っていった。

まだ、ハッチの縁を両手で掴んでいる。

まだ降りる決心がつか

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名無しの島 第33章 爆発

名無しの島 第33章 爆発

「水落さん、早く逃げてッ!」

 遠くで小手川浩の叫ぶ声がした。

圭介は反射的に、脱出ハッチに足から飛び込む。

それでもなお、人体ムカデは追ってきた。

脱出ハッチに入ろうとするが、あまりの巨体で入って来れない。

しかし、化け物は諦めていない。無理やりにでも、

体をねじ込もうとしている。

水落圭介は、そんな化け物を見上げながら、

外へと続くパイプの中を滑り落ちて行った。

小手川浩は、

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名無しの島 第34章 船影

名無しの島 第34章 船影

 水落圭介は、よろめきながら、

あちこちが痛む体に渾身の力を込めて、なんとか立ち上がった。

ふたりとも全身ずぶ濡れな上、着ている服は泥と煤にまみれ、

あちこちが破れている。

斐伊川紗枝も上半身を起こした。

彼女の視線は怯えきった視線を辺りに走らせている。

「水落ちさん、左腕が動かない・・・」

 斐伊川紗枝が、圭介に向かって訴えかけるような、

それでいて力のこもらない声で言った。

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名無しの島 第35章 終わらぬ悪夢

名無しの島 第35章 終わらぬ悪夢

 所沢宗一の船は、エンジンがかかったままだった。

エンジン音が、咳き込むような音を立てている。

この『名無しの島』に迎えに来るはずだった、

約束の時間はまだ先だ。

圭介は、おそらく所沢も我々が心配になって、

早く来たのだろうと考えた。

振り返ると、笑みこそ浮かべてはいなかったが、

斐伊川紗枝も希望に、瞳が輝いているように見える。

それは水落圭介にとっても、同様だった。

所沢の漁船

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名無しの島 第36章 離島

名無しの島 第36章 離島

 水落圭介は『はやぶさ丸』の操縦室に入った。

操縦室は意外と狭かった。4平方メートルほどしかない。

漁船はおろか、船の操縦などしたことがない圭介だったが、

操縦盤をのぞくと、案外やれそうな気がした。

正面の中央には、大型トラックと同じくらいの

大きさのハンドルがある。

これが、船の進路を変える舵と連動しているのだろう。

左下には、長いレバーが二つ。

まるで木琴のスティックを思わせる

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名無しの島 第37章 豊神丸

名無しの島 第37章 豊神丸

「どうしたんだ?紗枝」

 水落圭介は、カナヅチを握り締めたまま、

構えている斐伊川紗枝を訝しむように言った。

「水落さん・・・目があの化け物と同じようになってる・・・」

 斐伊川紗枝の声は怯えたように、小刻みに震えている。

彼女の言葉に、圭介はあらためて衝撃を受けた。

RNA-774に感染していることはわかっていたが、

その症状が確実に進行していることに、

言い知れない恐怖を感じた

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名無しの島 最終章 隠された過去

名無しの島 最終章 隠された過去

 鹿児島県枕崎市漁港に到着してから1日半後、

斐伊川紗枝の姿は、東京都内の、ある国立病理疾病センターの

無菌隔離室のベッドの上にあった。

枕崎漁港に曳航された『はやぶさ丸』を中心に、

半径500メートルに及ぶ範囲で、待機していた警察、

救急隊など関係者以外は立ち入りを固く禁じられた。

異様だったのは、待機していた者全員が

全身防護服に包まれた姿だったことだ。

それに救急搬送用のヘリ

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