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名無しの島 第28章 巨大水槽

 その水槽は長さ10メートル、

幅4メートル、高さ3メートルあった。

中には緑色の液体で満たされていたが、4人が目を見張ったのは、

その液体の中に入っている異形のものだった。

それは今までの化け物とは、形態がまるで違っていた。

水落圭介たち4人は、その巨大な水槽の周囲を回りながら、

その異形のものを見ていった。誰もが無言だった。

 元は人間だったものを、両腕を残し、

首と下半身が切断されたものが、

10体以上繋げられていて縫合されている。

そのいくつも連なった上半身の腕は、どれも足のように太い。

縫合されてはいるのだが、その境目は完全に癒着していて、

ほとんど判別できない。

最後部も縫合されていたが、やはり癒着して完全に閉じている。

 そして最も奇怪だったのは、繋がれた上半身の最前部だった。

やはり人間の上半身が縫合されている。それが2体も。

その上半身はこれまで遭遇した化け物と同様だった。

頭髪はほとんど無く、緑色の液体でわかりずらいが、

肌はおそらく灰色がかっているのだろう。

その2体の上半身が、並んで縫合されていたのだ。

ただその2体の瞼は閉じられていて、化け物の特徴である、

銀色の目は隠されている。

ただ、その上半身にある4本の腕の指先には、

長さ10センチは越えた黒いかぎ爪があった。

その上半身から最後部まで、およそ6メートル。

まるで、ホラー映画から出てきたような異形の怪物。

それが現実に、目の前にある。

 人間の部位をつなげたこれは・・・人体ムカデだ―――。

水落圭介には、そう見えた。

しかし、この化け物は生きているわけではなさそうだ。

単なる標本のようだ。

生物研究所にあるような、

動物のホルマリン漬けの標本を連想させる。

 というのも緑色の液体に浮かんだまま、

微動だにしていないこと。

それに2体の上半身にあるふたつの頭からは、

呼吸しているのなら当然出ているはずの気泡が全く無い。

 水落圭介は正直、安堵した。

こんな化け物が襲ってきたら、

いままで倒してきた怪物のようにはいかないだろう。

「何なのこれ・・・」

 有田真由美も絶句していた。

斐伊川紗枝は放心状態のように突っ立ている。

だが、有田真由美はさすがにプロのカメラマンだった。

首に下げた一眼レフのデジタルカメラを持ち直すと、

その水槽内の怪物を撮っていく。

連続して、カメラのフラッシュが、瞬いた。

「774部隊は、こんな化け物を戦場に

 送ろうとしてたのか?

 正気の沙汰じゃない・・・」

 圭介は70年前の旧日本陸軍の狂気に、

あらためて戦慄を覚えた。

そんな3人を残して、

小手川浩は踏み場さえおぼつかないほどに

机や機材が散乱した部屋を、

大股で跨ぎながら何かを探している。

何度か床に転がっている、

フラスコやビーカーを踏み割っていく。

「たぶん、これだ・・・」小手川浩はつぶやいた。

 彼が見つめているのは、傾いた机の上に

かろうじて留まっている箱だった。

その箱は、クリーム色の古びた小型の冷蔵庫に見える。

所々錆びてはいるが、

70年以上も昔のものとは思えないくらい

保存状態は良かった。

その箱は観音開きのような取っ手が付いている。

小手川浩はその取っ手を握った。

開けようとするが、扉はびくともしない。

それに気づいた水落圭介は周囲を見渡した。

その視線がある物にとまる。

それはひどく錆び付いたバールだった。それを手にすると、

小手川浩のもとへ歩いていく。

「小手川君、押さえててくれ。これで試してみる」

 圭介はそう言うと、扉の隙間にバールの先端を差し込んだ。

渾身の力を込めて、引き開いた。扉は開いた。中を覗き込む。

箱の中から、アンモニア臭のような悪臭が立ちこめる。

水落圭介は、思わず鼻と口を押さえて、のけぞった。

箱の中を見ながら、小手川浩は言った。

「当時は冷蔵庫なんか無い。

 だからおそらく冷却媒体である、

 フルオロカーボン・・・

 フロンを使ってたんでしょう。

 でも70年も経てば・・・」

彼はそう言いながら、箱の中を見て口を閉じた。

「これか・・・?」

 小手川浩箱の中に手を伸ばしたのは、

試験管立台に固定されている

 小さなガラス製の茶色のアンプルだった。

ただ2本しかない・・・。

 小手川浩はアンプルを手にして、

貼られているラベルを見る。

そこには『RNA―774抗体物質』と、かすれてはいたが、

かろうじて読める手書き文字で書かれていた。

「あったの?抗体が・・・」

 有田真由美も期待するように、彼らに近寄ってきた。

「あるには、あったけど量が足りない・・・」

小手川浩が力無くつぶやく。

「どういうこと?」と有田真由美。

彼女の疑問に、水落圭介が代わりに答えた。

「2本しかないんだ。抗体が・・・。

1本が一人分だとすると、2人は打てないことになる」

「そんな・・・」

 有田真由美は、動揺する顔を両手で口を隠した。

 しばらくの間、3人は黙っていた。

2人は感染から助かるかもしれない。

ただ、70年以上も前の抗体に、効果があればの話だが・・・。

その静寂の中、まだ水槽の中の怪物から目が離せないでいた

斐伊川紗枝が小さくつぶやいた。

「動いてる・・・」

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