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「あなたはいい作曲家です」 アンナ・クラインとスティーブ・ライヒのちょっといい話 

2月4日の英フィナンシャル・タイムスに、作曲家のアンナ・クラインとスティーブ・ライヒの「ちょっといい話」が載っていた。

Composer Anna Clyne: ‘Music with melody connects with something very deeply rooted in us’ 
(作曲家のアンナ・クラインは言う「メロディ感のある音楽は、私たちに深く根付いているものと結びついています」)
(Financial Times 2023年2月4日)


イギリス出身でアメリカに住むアンナ・クラインは、いま欧米で最も人気のある作曲家の1人だ。彼女について、最近私はnoteに書いた。

人気女性作曲家「アンナ・クライン」入門

以下は、フィナンシャル・タイムス記事から要約して紹介する。

音楽を諦めかけた時


アンナ・クラインは、特別に音楽的な環境で育ったわけではなかった。子供の頃、ところどころ音の出ない中古ピアノを譲ってもらったことから、独学で作曲を始めた。

クラシックに限らず、ロックもジャズもフォークも聴いた。どんな音楽を聴いても、彼女は「メロディ」というものの魅力に取り憑かれるのだった。

エジンバラ大学とマンハッタン音楽院で音楽を学んだとはいえ、将来に何の保証もなかった。

マンハッタン音楽院を出た後、ニューヨークの飲食店や花屋でアルバイトをしながら作曲を続けていたが、経済的な不安から、音楽を諦めようと思うことがあった。

彼女は、中古のブリーフケースを買って、ウォール・ストリートの投資銀行に就職面接を受けに行った。

でも面接では、気がつくと、自分がいかに音楽が好きかという話ばかりをしていた。

面接の終わりに、銀行の面接官が言った。

「こんなことしてる場合じゃないでしょ? あなたは音楽の道を貫くべきだ(Why are you doing this? You should stick with music)」

就職試験には落ちたが、その直後に、彼女の「アイドル」である作曲家スティーブ・ライヒ(ライシュ)からメールが届いた。

ライヒの特別講義に出たことがある関係で、内向的でシャイな彼女には珍しく、自作をライヒに送っておいたのだった。

そのライヒからのメールの件名にはこうあった。

「あなたはとてもいい作曲家です(You are a very good composer)」

その後、ライヒは、ジョン・アダムズに「アンナ・クラインを聴くべきだ。彼女は本物だ(You should check out Anna’s music, she’s the real deal)」というメールを送った。

スティーブ・ライヒとジョン・アダムズという、アメリカ作曲界の二大巨頭の推薦を受け、彼女は楽壇の前面に出て行くことになるのである。


「メロディが私の音楽の中心」


フィナンシャル・タイムス記事の後半で、彼女は自分の音楽観を語っている。

「年をとるほどにメロディが私の音楽の中心にあります。これは私がずっとニューヨークにいたからかもしれません」

「ミニマリズムとポストミニマリズムはアメリカで生まれました。ここではジャンルは互いに越境します。例えば現代のクラシック音楽とロックンロールが影響し合っています」

「メロディ感のある音楽は、私たちに深く根付いているものと結びついています。音楽は世界の共通言語であり、言葉の抑揚にもメロディがあります」

では、メロディ感のない音楽に否定的なのか。

「そういう音楽が書きたい衝動があるなら、それでいいのです」

しかし、何を伝えたいか、わからないような音楽は好きでない。

「作曲のクラスで教える時は、その音楽で何を伝えたいのか、誰に聴かせたいのか、生徒たちに考えさせるようにしています」

「私の音楽を聴くのに、知的な理解は必要ありません。私はいつも、人々に伝わる音楽を書きたいと思っています」

でも本当は、自分のために音楽を書いているかもしれないという。

「7歳の時から、作曲にはつねに喜びがあるから、曲を書いています。今もずっと、そうなのです(“Having written music since I was seven, I always wrote for the joy of writing,” she says. “And that continues to be the case.”」


「さくらさくら」が彼女の原点?


noteで「アンナ・クライン入門」を書いた後、彼女が実験的な電子音楽を書いていた20代の頃の曲をYouTubeでいくつか聴いた。

その中の、2008年の「1987」という作品では、なんと「さくらさくら」のメロディが出てくる(下の動画の3:15あたり)。


タイトルになっている「1987年」に、クラインは7歳だった。中古のピアノで自分なりの作曲を始めた頃だ。この「1987」は、彼女の幼少期の音の思い出を表現している。「さくらさくら」はオルゴールで奏でられるが、それはクラインの父親が若い頃にクラインの母に贈ったオルゴールだという。

彼女は、自ら言うように、「メロディ」に取り憑かれた作曲家だ。彼女に取り憑いた最初のメロディが「さくらさくら」だったとしたら、私が彼女の音楽に何か懐かしさを感じる理由がわかる気がする。


今のところ彼女の最高傑作は、「This Midnight Hour(2015)」だと私は思う。

華麗で活力あるオーケストレーション、現代的で都会的な「夜」の描出、そして、後半に現れる彼女らしい「メロディ」への偏執。心の激しい葛藤や不安が、「メロディ」の安らぎの中に溶解してゆく。彼女の音楽世界を如実に表現していると思う。



<参考>
2022年、最も演奏された現代作曲家の半分は女性 【クラシックの新傾向】


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