櫂十子
これまでに書いた小説を置いてあります。おもしろいよ! R18のBL作品は下記URLへ。すこしエッチだよ! novel18.syosetu.com/n2252hc
短い作品あれこれ。
随筆やら日記やら。書かねば塞げぬ穴もある。
ユリ「死んだの?」 バラ「そう見えるね」 妹と兄が、陽光を背に横たわる黒い影を覗き込んでいる。妹のユリはやっぱりそれを「死んでいるな」と考え、可哀想だと感じたから、部屋の隅にあって薄汚れた毛布をばさりと影にかけてやった。毛布をかけられた影はほんの少しだけ膨らんで角を失くし、見た感じが少しばかり柔らかくなった。 ユリ「死んだよ」 バラ「うん。けれど生きていた時とあまり変わらない」 兄のバラにそう言われ、ユリは改めて大きく目を開き、影を見た。変わらないはずはないのに。影は死んだの
1 靴が好きで、小学校に上がる頃になると、いつも同級生の足元ばかり見ていた。大体みんな運動靴だったけど、不思議と、同じメーカーの同じデザインの靴を履いている子供は見かけなかった。この世界には人それぞれ、ぴったり似合う靴が用意されてるからだな、きっと。 そんなことを考えていた俺はその時、九歳だった。気が変わりやすいから、好きな靴はスニーカー、長靴、サンダル……と、ころころ変わっていったけど、その夏にはバスケットシューズに夢中だった。アシックス、アディダス、アンダーアーマ
瀧(たき)が、わたしの目の前で心臓と呼吸を止めてしまった後のことだ。のこのこやって来た医者が、瀧の右目を太い指で押し開けた。瞳をペンライトで照らし、芝居がかった口調で「お亡くなりです」と告げた。真夜中に近い病院の個室は蛍光灯が光っているのに薄暗く、瀧の眼を刺す光線がわたしの眼にも染みるほどだった。 死亡を伝えた後も、医者は三十秒くらい瀧の瞳を探っていたから息を詰めてその様子を見守った。本当はまだ、死んでないのかもしれない。 小さな祈りはペンライトの光と共に消えた。瀧の瞳
昨日、僕が薬屋を目指し歩いていた商店街の中道で見た光景です。 その女性は道に転がった小石を一つ拾い、それを握りしめていました。たこ焼き屋の横でしゃがみ込んでいます。 通り過ぎる人々はそんな彼女を見て、危険だな、と思ったようです。彼女が小石を手に、こちらを睨んでいるように見えたためです。通り過ぎる人々は通り過ぎるだけなのに、危険じゃないか、と怒っていました。 誰も彼女に声をかけません。 彼女は怯えてました。 誰も彼女に声をかけません。 彼女は自分を守るために小石を持ってい
もうすぐ電車が来るのだという。そう言われた。 けれどこのまま寒いこの場所で電車を待っていることが果たして良いことなんだろうか。 隣に立つ彼にそう訊いてみると「そんなこと考えたこともなかった」と笑う。 線路の向こうに目をやる。 駅舎の屋根に覆われたプラットホームより先は雪に白く霞みまるで見えない。 「だってどこに行くのかもわからないよ」ともう一度尋ねる。 「そっちなら安心?」と振り返り顎をしゃくる。 彼の視線を辿り振り向くと背後に伸びる駅の足場に握りこぶし程の黒いボールが一つ転
冬枯れの梢を掠め落ちた月明の照らす顔面には青みがかった白目と黒い瞳が目立つ。その少女のような少年が言うには、ここを静箕(しずみ)と呼ぶらしい。なら目的の集落に違いないが、俺の立つ場所からは人家の明かりがまるで見えない。 「死にに来たの? おじさん」 「お兄さん」 「殺されたいのかな、おじさん(・・・・)」と、あどけない声に薄く大人の男を滲ませた声色で笑われた。顔に似合わず、感じの悪い子供(がき)である。 細くうねる山中の道だ。ぐぅと根本の曲がった樹々の向こうから、水音が冴
父母については死んでくれとしか思わない私だけどあなたには長生きして欲しい、そう思うの。だってあなたが死んでしまっては、私困ってしまうもの。 この間、鉢に植えていた葉っぱがね、ずいぶんと長い間私の目を楽しませてくれていたのだけれど醜く枯れてしまったの。だから私はすぐに庭に放り投げました。だって気持ち悪いでしょう、枯れた植物なんて。 そういえば飼い犬が死んだの。知ってる? 生きてる間の犬は従順で柔らかいのに死ぬと冷たくて硬くて邪魔臭いの。だからすぐに捨てようと思ったのだけど、
空が綺麗だった。
嫌われ者の鰐は、もう目を開くこともできないほどに老いています。そんな鰐に、人気者の若い猫が尋ねます。 「あんた、なんでまだ生きてるの?」 鰐は答えません。答えられないからです。 「可哀想だね。俺は嫌だな、そんな風になるのは」 猫はわりと長い間、動かないままの鰐をまるい眼で見続けました。鰐はただじっとそこにいて、すぅすぅと呼吸を繰り返しました、猫の視線を感じながら。 やがて鰐は、静かに息を引き取りました。 「楽しかった?」 猫が訊きます。 しかし答えは返ってきませ
ある町に、神さまの話を人々に伝えることを生業(生業とは、仕事のことです)とする若い男がおりました。男は町の人間から「アカさん」と呼ばれておりました。なのでここでは彼のことを「アカ」としておきます。 アカは、町外れに神さまを崇める(崇めるとは、大事にするということです)ためのモニュメントを建てました。するとアカの周りには多くの人が集まりました。その中に、まだ幼く可憐な少女がおりました。 その少女の名は、クロエ。人々はクロと呼んでいます。 クロはアカのことが大好きで
先日、SNSのトレンドを眺めていると『雲霧仁左衛門』というワードがランクインしていた。現在、NHKで放映中のドラマがどうも人気らしい。 https://www.nhk.jp/p/ts/NZ28LWRKMV/ 私はこのNHK版は観ていないけど、95年に放映されていた山崎努主演のフジテレビ版が好きだった。中でも石橋蓮司演じる切れ者の二番手・木鼠の吉五郎(通称・小頭)が大好きだった。シリーズの中盤でこの吉五郎をフューチャーした回があり、放送を心待ちにしていたのに、修学旅行帰り
専門誌でライターをしていた頃、「文章、上手いですね」と褒められることがあった。そう言われてもあまり嬉しくなかったのは、それが単に「整理された文章」ってだけで、良い文章とも良い記事とも思えなかったからだ。 なんて書いていてふと思ったけど、「良い文章」ってなんだろう。例えばある雑誌Aを読んでいると、きっちり校正を入れて表記ゆれを正し、整然と文字が並んでいるにも関わらず、情報の羅列ばかりでちっとも面白くない。ところがもう一つの雑誌Bの場合、誤字脱字が目立ち表記も記事ごとにバラ
お盆ということもあり、墓について調べながら考えている。 先日、納骨堂を運営する宗教法人が経営破綻して、千体もの遺骨を収めたまま突然閉鎖されるというニュースが地元であった。原因の一つに、法人の代表者が運営資金を個人の居住費や飲食代に使い込んでいたというのがあるらしい。嫌な話だ。 この納骨堂を利用していた元契約者達は、遺骨を手元に引き取ったり、そのまま閉鎖された納骨堂に置いておいたりと、とにかく、遺骨の置き場所に困っているそうだ。 今朝見たワイドショーでは、六十代の
1 桃太郎が、真昼の陽光差し込むリビングで、ソファに腰掛けテレビを観ている。 「桃太郎さん、桃太郎さん。目の前にあるそのテレビ、何をしてるかわかります?」 カウンターキッチンから歌うように声をかけると、桃太郎は黙ったまま頭を横に傾けた。テレビに映っているのはバラエティ番組だ。若者相手に昭和生まれの司会者が、昭和の人々のファッションや暮らしぶりを「ほら、古臭いでしょ?」と自虐めいた笑いと共に紹介している。そのテレビに真正面から向き合う愚直なまでにぴんと伸びた背を見つつ、
一 心を奪われると終わる。 だから私は息を詰めて生きていました。 黒い壁とガラス製のパーティションで区切られた役員室の天井には、橙色の間接照明が灯っている。部屋の中央には飾り気はないがデザイン性の高い大きなデスクが一台。そのデスクに向かう岸 侑李(きし ゆうり)は、マホガニーの天板に置いた右手の爪先を見ていた。いつもと同じように磨かれ、薄色のジェルネイルが塗られた爪が明かりを反射している。親指の付け根に浮いた甘皮を人差し指で擦りながら裏返すと、爪の間の垢に気付いた
津原泰水先生の文章講座受講生の中から、有志が集まってつくった作品集『文章講座植物園』に参加しています。 「シックスティーン・キャンドルズ」という小説です。下記リンクから試し読みができますので、ぜひ。 こちらの作品は、津原先生の講評で大変な好評をいただいて(駄洒落です)とても嬉しかった思い出があります。講座で教えてもらい、どハマリした橋本治作品を意識して、「津原作品と橋本作品のハイブリッド路線」を狙って書きました。上手くいったかどうかはさておき。 なのでその後、津原先生ご