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掌編|鰐と猫

嫌われ者の鰐は、もう目を開くこともできないほどに老いています。そんな鰐に、人気者の若い猫が尋ねます。

「あんた、なんでまだ生きてるの?」

鰐は答えません。答えられないからです。

「可哀想だね。俺は嫌だな、そんな風になるのは」

猫はわりと長い間、動かないままの鰐をまるい眼で見続けました。鰐はただじっとそこにいて、すぅすぅと呼吸を繰り返しました、猫の視線を感じながら。

やがて鰐は、静かに息を引き取りました。

「楽しかった?」

猫が訊きます。
しかし答えは返ってきません。

「幸せだった?」

猫が訊きます。
やっぱり答えは返ってきません。

「どうして?」

猫の声に返るものはなく、ただ沈黙が続くばかりです。
だけど鰐は、その大きな身体を大地に横たえ、そこにいるのです。

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