ホノルル空港の名称「ダニエル・K・イノウエ」は日本人?なぜ改名された?|ハワイの気になる秘密
日本人に人気の海外観光地のひとつ「ハワイ」。
そのハワイの玄関口「ホノルル空港」を利用したことのある人も多いはず。
それでは、ホノルル空港の正式名称を知っていますか?
答えは「ダニエル・K・イノウエ空港」です。
なぜ日本人の名前が空港名に使われているのか?今回はその謎に迫ります!
◆「ダニエル・K・イノウエ」とは?
ハワイの玄関口、ホノルル。
2017年4月27日、正式名称が改名されました。
「ホノルル国際空港」→「ダニエル・K・イノウエ国際空港(Daniel K. Inouye International Airport)」
空港の名称は、「知名度ある人物の名前」が使われることがあります。
日本だと、たとえば鳥取空港。鳥取出身のマンガ家「青山剛昌」さんにちなんで「鳥取砂丘コナン空港」と名付けられています♪
さて、このイノウエさん、もしや日本人…?
答えはNO。ハワイ出身の日系人です。
ホノルル空港が「ダニエル・K・イノウエ空港」と改名された理由は、「彼がアメリカ議員初の日系人として、いまのハワイを作り上げた人物」だったからです。
今回は、日系人初のアメリカ議員となった人物「ダニエル・K・イノウエ」さんの、「ハワイへの多大な功績」についてご紹介します!
◆「ダニエル・K・イノウエ」生い立ちは?
まず重要となる、彼が政治家になるまでの生い立ちを追います。
イノウエさんが生まれる前、日本にいた両親がハワイに移住。その後イノウエさんが生まれます。「日系2世」としてハワイで育ちました。
時は流れ、「第二次世界大戦」。イノウエさんは大学生。
ハワイが戦争の舞台となります。パールハーバー攻撃。真珠湾を日本が攻撃しました。
これを機に、ハワイでは日系人への差別が拡大します。
排日を目的に、日系人の「検挙」や「強制収容」が行われました。
そのなか、イノウエさんはアメリカ部隊への入隊を自ら志願し、「日系人部隊」の第442連隊に配属されます。
アメリカへの忠誠を表明して見せたのです。
その後、ヨーロッパの戦場にて右手を失うことになりますが、戦時中の活躍を認められ、数々の勲章を得ました。
後に、最高勲章を叙勲されるに至るほどの活躍でした。
そして戦後、彼は政治家の道を進みます。
彼が残した偉大な功績とは…?
◆「ダニエル・K・イノウエ」功績は?
日系人初のアメリカ議員となったイノウエさん。ここからが、彼のハワイへの貢献のはじまりです。
イノウエさんが政治家になった後、ハワイがアメリカ50番目の州になります。しかし、当時のハワイは偏見が残り、弱い立場のままにありました。
そのなか、数々の委員会でも議長を務め、キャリアを積み上げたイノウエさん。ハワイのために活動を広げてゆきます。
ハワイの予算獲得・法整備・人権向上など、ハワイを盛り立てていきました。
後に、当時のハワイや日系人への偏見に対して、アメリカ政府からの謝罪を引き出すことにも成功しました。
イノウエさんの功績をまとめると、
「差別を受けていた日系人ながら、アメリカ部隊に貢献し信頼を得て、アメリカ議員初の日系人として、ハワイ・日系人の待遇を回復させた」
ハワイが「州」となって以来、いまのハワイを作り上げた人物。それが「ダニエル・K・イノウエ」さんでした。
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