- 運営しているクリエイター
#エッセイ
掌編「鈴虫の鳴く部屋で」
「ねえねえ、あれ、見てよ」
左隣で車いすを並べてこいでいた加奈が、声をひそめておれの腕に軽く触れた。
おれたちは大通りから細い路地に入ったところにある公園の脇を通りがかっていた。コンビニで今日の晩飯や酒、菓子、そして加奈の愛してやまない成人向け雑誌を買って、ねぐらであるぼろアパートに帰る途中だった。
公園は周囲をイチョウの木でぐるりと覆われていた。イチョウはすでに目が痛くなるくらいどぎつく色
彼女の一息 #ひかむろ賞愛の漣
「こないだ、友達とバス旅行してきたんだよ。はい、これおみやげ」
先日、彼女はふらりと、すぐ近所に住む長男夫婦の家に寄った。渡したのは仙台銘菓の萩の月だった。息子たちはコーヒーのお供に食べながら、彼女のみやげ話を聞いていた。
こんなふうに用事がなくても、彼女はよく長男夫婦の住まいに散歩がてら遊びにきて、一息つきに行く。コーヒーや紅茶を飲みながら、他愛ない話をする。最近は買いたてのスマートフォ