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みじかいはなし

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#小説

〈小説〉 ほおずき

〈小説〉 ほおずき

「ウンコを」 
思い出したようにコキタが言う。

将来どんな家に住みたいか、という話をしていたはずだった。 
引っ越しのアルバイトで午前の一件目を予定時間より早く終え、おかげで少し長くとることができた昼休憩のあいだ、その日が初対面のコキタと当たり障りのない会話で時間を潰していたのだ。 
「うち、ばーちゃんがウンコ投げるんすよ。こうやって」
腕をしならせて投げるコキタの仕草は、先日テレビで見たゴ

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〈小説〉 平成最後の花火

〈小説〉 平成最後の花火

月に一度の約束の前日、メッセージを送信すると父からすぐに返信があった。
行きたい店があるなら調べておきなさい、一緒にまわろう。
父からのメッセージを既読にしたまま、スマホに充電ケーブルを繋いで眠った。

ダメもとでただひろを花火大会に誘ったらあっさりOKをもらった。
それで慌てて押し入れの奥から引っ張り出した浴衣を羽織ったら、丈が短くて焦った。去年は花火大会には行かなかった。友達に誘われたりもした

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〈小説〉15秒。

〈小説〉15秒。

水面に反射する日ざしが巨大なさかなの鱗みたいに絶え間なく揺れてかたちを変えながら光る。
今からみんな食べられようとしている。
巨大なさかなに。
お揃いの喪服を着て。
なんの味付けもされないまま。
髪は全て納めてある。
名前を書いた白いキャップの中に。
準備体操をする女子の体のひとつひとつを、あたしは巨大なさかなのつもりで品定めする。
Yは不味そう。巨乳だから。
Sは油っこそう。ポテトばっか食ってる

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〈小説〉ワイロ的赤い果実

〈小説〉ワイロ的赤い果実

 
『高崎さんからお土産』と書かれたメモが貼り付けられている箱がスタッフルームのテーブルに置いてあった。

僕はロッカーから自分のユニフォームを取り出しジーパンを脱ぎながら、オリーブオイルとチーズとビールとトマトソースの混じった何とも言えない異臭がする綿パンを履きつつ箱を見た。
和紙のような素材の白に、桜の花びらを思わせるような桃色が小川のせせらぎを表すように斜めにあしらわれている。
綿パンのチャ

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〈小説〉私を呼ぶ本

〈小説〉私を呼ぶ本

最寄りの駅が始発駅だと、通勤電車で毎朝必ず座席に座ることが出来るという利点がある。
一刻を争うほどの遅刻でもしていない限り、私は先発が混んでいれば次発に乗ってでも必ず座席に座る。読書を楽しむために。

最近読んでいるのは、古本屋で見つけた、古い海外小説。
今日も空いている次発を選んで、前から2両目の後方、三人掛けの座席の壁際に座った。
紙の本の良いところは、今小説のどの辺まで読み進んでいるか一目瞭

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〈小説〉竹崎を殴る

〈小説〉竹崎を殴る

竹崎を殴りたい。
初めてそう思ったのは高校三年の秋だった。
その頃おれには一年生の時から片思いしている相手がいた。ユリちゃんだ。
肩までの艶やかな黒髪、白い肌、笑うと垂れる丸い目。可愛かった。
そしてなによりユリちゃんは性格が良かった。みんなが嫌がる体育の後片付けを率先してやったし、他のみんながサボるようなトイレ掃除を一人でもきちんとこなした。
ユリちゃんは真面目で、パンツが見えそうなくらいに短く

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〈小説〉110を

 

ひどく敏感な時期だったんです。そういったことに関して。
だから余計に。

私と同じように一人暮らししている友人が、ストーカー被害にあって。
彼女は結局田舎に帰りましたよ。あの時だって、警察は何もしてくれなかった。
そうですよ。私は現場にいましたから。あの時。
彼女が家に帰ると必ず電話がかかってくるんです。ええ、いつも同じ男。
どこかから見張ってるんでしょうね。「今日は遅かったね」とか、「一緒

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〈小説〉それは 静かに

〈小説〉それは 静かに

「うるさいね」私が言うと、「夏だからね」彼が答えた。

蝉の鳴き声が響く駐車場で、助手席のドアを開けると、車の中から姿の見えないゴーストみたいに熱風が襲いかかってくる。
彼は少し開けたドアの隙間から腕だけを伸ばしてキーを差し込み、エンジンをかけたあと冷房の風量を最強にして、困ったような顔でこちらを見た。

まだシートが熱いうちに私たちは車に乗り込み、見慣れた風景が流れる通りを走る。
「こんなに暑か

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〈小説〉非情

   

突然けたたましい非常ベルの音が聞こえ身構えた。

慌てて床から立ち上がり、カーテンを少し開け外の様子を伺ったが、濃い闇に星が幾つか見えただけで、どこかから煙が上がっているわけではなさそうだ。

鼓動が高鳴って胸を触ると、心臓の位置がはっきりとわかった。

振り向いてベッドを見ると、ピクリともせず彼は深い眠りについたままだ。

どこまで無神経で図太い男なんだと呆れるがしかし、それも含めて彼

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