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〈小説〉15秒。

水面に反射する日ざしが巨大なさかなの鱗みたいに絶え間なく揺れてかたちを変えながら光る。
今からみんな食べられようとしている。
巨大なさかなに。
お揃いの喪服を着て。
なんの味付けもされないまま。
髪は全て納めてある。
名前を書いた白いキャップの中に。
準備体操をする女子の体のひとつひとつを、あたしは巨大なさかなのつもりで品定めする。
Yは不味そう。巨乳だから。
Sは油っこそう。ポテトばっか食ってるし。
Mはまだマシかも。朝晩二回シャワーを浴びるから。
体操を終えてみんながプールサイドに腰掛けて口々に「冷たい」と叫ぶ。
ぼくは、きみの、みかた、ちかった、あの、ひから。
リップシンク。
きゃりーがTwitterで踊ってた振り付けを思い出してる。
あたしたちの15秒。
Tik Tokにアップするための永遠の15秒。
Sがこっち見て笑う。踊ってんじゃねーよ見学者。的な。
おけ。
おけじゃねーよ的な。
模倣に次ぐ模倣で作るあたしたちの今。
待ちきれない。
未来が長すぎて。
怖いのと、楽しいのと、知りたいのと、見て欲しいのと、いいねが欲しいのと、フォローしてほしいのと、ブロックと、ブロックと、ブロックと、ぜんぶ。
「大丈夫か。そこ直射だから、日陰にずれろよ。気分悪くなったら言いなさい」
1、2、3コースは男子。4、5、6コースは女子。
25mを二本ずつ。3コースと4コースのあいだには線がひいてある。男子と女子を隔てる見えない線。
性と性の、あいだの線。
みんなの喪服は水を吸って色が濃くなる。
さかなに飲み込まれる。
水しぶきと水しぶきのすきまに見える顔。顔。あと口。
プールをあがるみんなの股から小さな滝のように流れる水。
影のようについてまわる水。
巨大なさかなの胃袋を、何度も出たり入ったり。
さかなはくたびれてもう鱗は輝かない。
次は50mを一本ずつ。恋がしたい。
男子はだめ。全員ばか。
恋、してるっちゃしてる。防弾少年団。
とくにシュガ。
きれいな目。
長い足。
ラップ、神。
あと白い。
ぜんぶ。
ぜんぶ。
「おい!大丈夫か!」
「担架!」
「いや、運びます!」
「邪魔だ! お前ら戻れ!」
笛の音。
「こっちに集まって!」
浮かんで。
「吐きそうか?」
揺れて。
「我慢すんなって言っただろ」
草。
水泳部顧問、33才独身、アナコンダこと吉井先生に。
奪われた。
生まれてはじめての。
「大丈夫か」
お姫様だっこを。
きれいな海。
じゃなかった空。
「熱中症!」
「救急車呼びます?」
「いやぁ」
「貧血じゃないですか」
平成最後の夏。
ぜんぜんわかんない。
平成の、その、終わることの、悲しさ。
「おーい、どうだ? やばいか?」
「一応呼びますか」
「いやぁ」
まるで星空。
真っ暗な中にチカチカたくさんの光。
残像。
繰り返す一瞬。
「先生」
「おあっ! どうした? やばいか?」
「キラキラしてる」
「あー」
「呼びましょうか」
キラキラしてる。

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