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最期を支える人々  −母余命2ヶ月の日々−

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#ヘルパー

2015.8.12 「安心のために」

 母から「口から血がでてきた」と携帯メッセージが届いた。驚いた私は緊急通報のボタンを押すようにと電話をして実家に向かった。

 私の到着前に、ヘルパーが駆けつけ、ケアマネジャー経由で訪問看護師にも連絡が届いた。

 血を見ると不安が増幅する。母はうろたえていた。主治医に確認すると、大量の吐血は考えにくいが、じわじわとした出血は続くという。「24時間看護師が傍にいる」という環境が必要なタイミングが迫

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2015.8.18 「体に力が入らない」

ベッドから食卓まで歩行器で移動していたが、3日前の朝、「体に力が入らない」と訴えた。機転の効くヘルパーがベッドから椅子に母を移し、椅子ごと食卓まで運んでくださった。

 2日前には、ポータブルトイレの蓋を開けられなくなり、開けっ放しにしてほしいと言った。

 薬を飲み込むのが負担になって、服用せずに残すことが増えてきた。寝返りがおっくうになり、同じ姿勢で寝ている時間が増えた。

 こうして、毎日

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2015.8.20 「押してみましょう」

 7月のサービス提供者との会議のときだったか、夜間対応型随時訪問のサービス責任者の方が緊急ボタンの使い方を説明してくださった。

 私が「遠慮なく押していいんだよ」と言っても渋い顔をする母に、「では、やってみますね。」と、見本を見せてくださった。一通りのやり取りをした後、母に「押してみましょう。」と促す。オペレーターが名乗らずとも「はいA子さん、どうされましたか。」と返答してくださったり、自分の細

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2015.8.21 「どの香りにしますか」

 退院した頃には、看護師さんの助けを借りて風呂場でシャワーを浴びていた母。しかし立ち上がることも難しくなり、ケアマネジャーの提案を受け、訪問入浴サービスを試すことにした。

 訪問入浴は3人のスタッフで行われる。ダイニングセットを脇によけて、お風呂を組み立てること。風呂場から水を引き込むこと。タオルや石鹸などを準備すること。母の体調を把握すること。着替えや寝具を整えること。何もかもを無駄な動きひと

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2015.8.22 「使ってくれないのよ」

 福祉機器メーカーに勤めた経験のある私が、母の介護生活に真っ先に取り入れたのが「マルチグローブ」という介助用手袋だった。介助するひとが手に装着して、体の下にあるパジャマのシワを伸ばしたり、体の位置をずらしたりするときに使う。滑らかな素材でできているので、差し込む手やシーツの摩擦が軽減し、本人も介護者も心地よいという優れものだ。

 母の介助に携わってくれた方々の誰一人マルチグローブを知らなかった。

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2015.8.28 「のどを通らない」

 1/4に砕いた薬も、のどを通らなくなっていた。体の痛みは増し、起きたり、トイレに移ったりするときにも痛みで顔をしかめた。

 母は「じっとしていれば痛まないから」と言うが、動くときに痛むなら薬を増やした方がよいと医師は判断した。この日から、体に貼る痛み止めと舌の下に入れて溶かす痛み止めとを使うことになった。同時に、看護師には毎日訪問して様子を見てもらうことになった。

 体に貼る痛み止めは、朝、

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2015.9.1 「共有できません」

 このところ饒舌な母は、ヘルパーによる介助方法の違いについて不満を訴えていた。介助方法が違うと、少ない力をどこに集めてよいかわからないし、痛みが出ることがあると。

 その日のヘルパーは介助がとても上手な方だった。全てが丁寧なのだ。ひとつの動きの前に、母に何をするか伝える。ひとつ動くごとに、母の姿勢を確認し、整える。一見、時間がかかるようだが、痛みがなく、動いたあとの姿勢が安定しているため、次の動

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