2015.8.22 「使ってくれないのよ」

 福祉機器メーカーに勤めた経験のある私が、母の介護生活に真っ先に取り入れたのが「マルチグローブ」という介助用手袋だった。介助するひとが手に装着して、体の下にあるパジャマのシワを伸ばしたり、体の位置をずらしたりするときに使う。滑らかな素材でできているので、差し込む手やシーツの摩擦が軽減し、本人も介護者も心地よいという優れものだ。

 母の介助に携わってくれた方々の誰一人マルチグローブを知らなかった。だが、一度説明を聞けば簡単に使えるし、何より母が楽そうにしているので、多くの方は喜んで取り入れてくれた。しかし一部の方は、既に身についた方法がやりやすいのだろう、使っては下さらなかった。

 その方が当番の日は母が眉間にシワを寄せて愚痴を言う。「その緑の使ってくださいっていうのに、使ってくれないのよ。あれがないと痛いのよ。」私は勤務していたころのPR不足を反省しながら、連絡ノートに「母のために是非使ってください」とメモするのだった。